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魔の山 11 死についてのセテムブリーニの発言

セテムブリーニから故郷のことを問われて、ハンス・カストルプは、そこに暮らす人々を回顧しながら次第にその金銭的な態度に批判しながら話し始めた。
「冷静で、そして?そして、精力的!そうです、しかし、それは何を意味するでしょうか?それは冷酷で非情であるということです。そして、冷酷で非情とはなにを意味するでしょうか?それは残忍を意味します。あの下には残忍な風が吹いています、きびしい風が。ここにこうして寝て、遠くからそれをながめていると、こわくなるほどです」(p343) セテムブリーニは、対象から離れて単なる批評家になることをたしなめながら次のように語る。
「あなたはつまり」と彼は注釈を加えた。「幼少からいくたびか死と接触すると、考えなしな世俗の冷酷さと残忍さ、いいかえると、世俗の粗野にたいして、神経質に、敏感にならずにおられないような基本的気質をもたらさずにはいない、とおっしゃりたいんでしょう』」
・・・
「あなたがいま残忍を非難なさるのは、ある離脱を物語っているのですが、私はそういう離脱がはなはだしくなるのを見たくないのです。人生の残忍性をとがめることになれてしまうと、人生から、生まれついた生活様式から、離脱しがちだからです。ごぞんじですが、エンジニア、『人生から離脱する』とはどういうことかを?私はそれを知っているのです、ここで毎日それを見ているんですから。ここへのぼってくる若い人は(それに、ここへのぼってくる人はほとんど若い人ばかりです)、おそくも半年後には、いちゃつくことと体温のことのほかには頭になくなるのです。そして、さらにおそくも一年後には、そのほかのことは考えることができなくなり、ほかのことはすべて『残忍』、もっと正しくいうと、まちがい、浅薄と考えるようになるのです。」(p344) サナトリウムにいる人々の態度は、本当の生から逃げて、遠く離れたところに安穏としながら、考えもなしにただ批判を口にするだけのもの。セテムブリーニは更に進めて、話を死のことへと続ける。
「死を見るただ一つの健康で高貴で、そしてまた、ーーこれはとくいにつけたしますがーーただ一つの宗教的な考え方は、死を生の一部分、付属物、神聖な条件と考えもし感じもすることであってーー、健康、高貴、理性的、宗教的とはおよそ反対な考え方、つまり、死を精神的にどういう形かで生から切りはなし、生と対立させ、いまわしくも、生…

魔の山 10 二人の祖父

セテムブリーニは、彼の祖父のことをハンス・カストルプとヨーアヒムに語った。祖父も反抗家で、国家的なスケールで活動していたことが窺えた。
ミラノで弁護士をしていたが、なによりも熱烈な愛国者であって、政治的扇動家、雄弁家、雑誌寄稿家ともいうべき人物であった祖父のことを語った。祖父も孫のロドヴィコと同じ反抗家であったが、しかし、孫よりも大きい大胆なスケールで反抗したのであった。・・・
祖父は諸国の政府をてこずらせ、そのころ分割された祖国イタリアを無気力な奴隷状態におさえつけていたオーストリアと神聖同盟にたいして陰謀をはかり、イタリア全土にひろがっていた秘密結社の熱烈な党員であった。(p264) ハンス・カストルプは、二人の祖父の対比を感じた。
そして、、二人は、北方の祖父と南方の祖父とは、いつも黒服を着ていたのであるが、どちらの祖父も彼と堕落した同時代との間にはっきりと距離をおくための黒服であった。しかし、一人の祖父は彼の本性の故郷である過去と死のために敬虔な気持から黒服をつけていたのであったし、それに反して、他の祖父は反抗から、およそ敬虔とは正反対の進歩のために黒服をつけていたのであった。(p267) ハンス・カストルプの祖父とセテムブリーニの祖父とは対極にある存在であったが、同じような点もあった。二人の祖父は同時代の堕落した社会を嘆き、黒服を着てきっぱりと意思表示をしていた。

祖父たちからの遺伝的な影響も教育という影響も受けた、二人の孫は、祖父のスケールを小さくしたような存在であって、祖父の性質から、物語の中での孫たち二人の役割もうかがい知れた。



「魔の山」 岩波文庫 トーマス・マン著 関泰佑、望月市恵訳




魔の山 9 時間感覚について

著者はたびたび時間のことにふれている。

習慣とは、時間感覚が眠りこむことであり、すくなくとも鈍くなることであって、青春の日々が春日遅々として感じられるのに反して、それからの日々が日ごとにあわただしくはかなく過ぎてしまうのも、やはり習慣によるものにちがいない。私たちは生活へ新しいちがった習慣をはさむことが、生命をつづかせ時間感覚を新鮮にし、時間感得を若がえらせ、強め、ゆっくりとさせ、それによって生活感情そのものを若がえらせるただ一つの手段であることを知っている。(p184) ハンス・カストルプは従兄のヨーアヒムを見舞うために来たのであって、療養までは予定していなかった。しかし、訪問予定の3週間がそろそろ終わろうとする時に風邪をひいてしまい、診察を受けたところ、3週間床に伏せることを命ぜられる。

彼がこの上で過ごしたつづく三週間について語るのには、初めの三週間の報告に必要とした紙数、ページ数、時間数、日数の数にもたりない行数、言葉数、秒数を必要とするのみであろう。(p315)
毎日が同じような日のくりかえしであるが、毎日が同じような日だとしたら、「くりかえし」というのはほんとうは正しいとはいえないだろう。単調とか、永遠に続く現在とか、悠久とか呼ぶべきだろう。君の枕もとへ正午のスープが運ばれてくる、ーー昨日も運ばれてきたように、そして、明日も運ばれてくるように。そして、それを見た瞬間に君は悠久の気にあてられるのである、ーーどんなふうにあてられるのか、どこからそれが吹いてくるのか君にもわからない。とにかくスープが運ばれてくるのを見たとたんに頭がくらくらとして、時間の区分がわからなくなり、区分が溶けあってしまい、君の目に万象の真実の姿として映じるのは、枕もとへ永遠にスープが運ばれてくる、前後のひろがりのない現在である。しかし、永遠をまえにして退屈であるとかないとかいうのは、矛盾もはなはだしい。(p317)
「魔の山」 岩波文庫 トーマス・マン著 関泰佑、望月市恵訳




魔の山 8 セテムブリーニ

サナトリウムで療養している中の一人、イタリア人セテムブリーニは、「栗色の髪をしたほっそりとした紳士で、黒い口ひげを美しくひねりあげており、明るいべんけい縞のズボンを」はいていた。ハンス・カストルプは彼と対面して、「眼のまえの人物が紳士であることをはっきりと感じた。その外国人の教養のありそうな顔つきと言い、自由で美しいともいえる態度といい、それを少しもうたがわせなかった。」彼は文学者であった。

サナトリウムを批評的に冥府と表現した。顧問官ベーレンスと代診クロコフスキーの二人の医者をミノスとラダマントュスになぞらえ(冥府の最高裁判官)、サナトリウムを冥府と呼んだ。
「冥府を訪れたオデッセーのように。なんという大胆さでしょう、亡者どもが酔生夢死をしている深淵へおりてこられるとはーー」(p104) ハンス・カストルプの口から偶さか出た悪魔という言葉を掴まえて、悪魔を引き合いに出しながら話を続けていく。話は婦長フォン・ミュレンドンクのことになり、今度は中世が出てくる。
「敬愛するあなた、ここにはあなたが『中世の感じ』と呼ばれるものが、他にもいろいろとありますよ。」(p110) セテムブリーニは、著者から「悪魔」というあだ名をもらっているが、中世的なものに批判的であり、中世的なものに理性で対抗していこうとする立場にあることを窺わせる。イタリア人、ルネサンスの合理性の象徴である。
「私にいわせると、辛辣は闇黒と醜悪の力に対する理性の武器、もっともかがやかしい武器です。辛辣は、あなた、批判の精神であり、批判は進歩と啓蒙の根源です」。そして、たちまち、ペトラルカのことをしゃべりはじめ、ペトラルカを「近代の父親」と呼んだ。(p111) セテムブリーニにとってサナトリウムは理性的でない社会で、それだから中世的で、冥府でもあるのだろう。彼はしっかりと生きることを要求する。理性的に生きること、彼にとってはそれは批評をしながら生きることであった。サナトリウムに生活する人々が、それをやめていることを彼は感じ取っていたのだった。
「それは鈍感というものです!」とイタリア人はいった。「批評しなさい!自然はそのためにあなたに眼と悟性をあたえたんですから。」(p115)
「魔の山」 岩波文庫 トーマス・マン著 関泰佑、望月市恵訳




魔の山 7 死と隣り合わせ、しかも隔絶されている

生と死が隣り合っているサナトリウムではあるが、しかし、隣人に訪れた下知らないという、何か隔てられている関係である。

「君に聞こうと思っていたがーー」と彼はいった。・・・・「僕の部屋の病人は、僕が着いたときちょうど死んだというんだね。ほかにもまだ、君がこの上に来てから、死んだ人がたくさんいるかい?」
「いくにんかはいるね」とヨーアヒムは答えた。「しかし、どれもこっそり片づけられてしまうんでね、だれもそれを少しも知らずにしまうか、あとでなにかの折りに知るだけで、だれかが死んでも、患者たちに知らせないように、ことに、発作を起こしかねない婦人たちのことを考えて、極秘のうちに片づけられてしまうんだよ。君の隣の部屋でだれかが死んでも、君はそれを少しも知らないでしまうだろうよ。・・・」(p96) 舞台裏で大切な事が起こり、そして片付けられてしまう。何か現代社会にも似たところがある。もしかすると、この人間社会はずっとそういう仕組みなのであろうか。
サナトリウムという非常に狭い人間関係の社会にも、その外側にある同時代の大きな世界からの影響からは逃れられず、その影響の現れがこういうところに出ているのだろうか。


「魔の山」 岩波文庫 トーマス・マン著 関泰佑、望月市恵訳

魔の山 6 時代の影響

個人が知らないうちにも背負っている時代の影響、それが以下のように書かれている。

私たち人間は、だれも個人としての個人生活をいとなむ だけでなく、意識するとしないとにかかわらず、その時代とその時代に生きる人々の生活をも生きるのである。私たちが私たちの基礎をなしている超個人的な普 遍的な基礎を、絶対的なもの、自明なものと考えて、それにたいして批評を加えようなどとは、善良なハンス・カストルプがそうだったように、考えてもみない としても、そういう基礎に欠陥がある場合に、私たちの倫理的健康がなんとなくそのためにそこなわれるように感じることは、大いにありうることであろう。こ この人間にとっては、さまざまな個人的な目標、目的、希望、将来が眼前にあって、そこから飛躍や活動の原動力を汲みとることもできよう。(p61) ハンス・カストルプのサナトリウムでの滞在という、事件性のない出来事を描きながら、その時代を描くということ、それは、時代の流れといった時代そのものや、同時代に生きる人々の意識に、一個人が大きく影響を受けているという考えが根底にある。


「魔の山」 岩波文庫 トーマス・マン著 関泰佑、望月市恵訳




魔の山 5 ハンブルグ

祖父と死別したハンス・カストルプは、母親の叔父にあたるティーナッペル領事のところに引き取られた。石炭やタール、それに積み上げられた植民地貨物でごった返す、国際貿易で栄えた港町ハンブルグ、彼はこの町の上流階級に属して成長していった。

商業をなりわいとする自由都市の支配的上流階級が、その子弟たちにつたえる高度の文明を、ハンス・カストルプはのんびりと、なかなかぴったりと身につけていた。(p59) ハンス・カストルプは、「人生のなまの享楽に、赤んぼうが母親の乳房にしがみつくようにしがみついて」いた。食後のシガーにも強い執着を持っていた。彼は仕立屋に服を作らせ、外へ出ていた期間にも下着類はわざわざハンブルグへ送って洗濯をさせたりもした。アイロンのかけ方はハンブルグが一番であるという理由でである。そういう上流社会の生活を送っていた。

彼は、「天才でもなかったし、愚物でもなかった」。著者が彼を平凡と呼ぶことを避けているのは、平凡という言葉がハンス・カストルプの知性についていっていると誤解を与えるのをさけるためである。ハンス・カストルプは自分で認識していなかったかも知れないが、人生の奥深い真理を感じ取ることができた。
それに、彼はどのような事柄と対象のためであっても努力などはまっぴらであったろう。苦しみをするのがこわかったというよりも、そんな必要を絶対にみとめなかったからであった。もっと正しくいうと、そんなことをしなくてはならない絶対的な必要をみとめなかったからであった。そういう必要のないことを何かの形で感じていたからこそ、私たちは彼を平凡よばわりしたくないのでだろう。(p61)
「魔の山」 岩波文庫 トーマス・マン著 関泰佑、望月市恵訳




魔の山 4 祖父 正しい姿

ハンス・カストルプは、幼いころに両親と死別し、祖父のハンス・ローレンス・カストルプに育てられた。祖父は、ハンブルグの市参事会員であったから、かなりの有力者であったのだろう。

両親に死に別れた7歳の少年に真実を見抜く力があったわけではないが、祖父の正装を描いた肖像の中に真実を感じ取っていた。

しかし、七歳の少年にとっても、また、のちに大きくなってからの思い出の中でも、老人の日常の姿は祖父のほんとうの正しい姿ではなかった。正しいほんとうの姿は、日常の姿とはまたちがっていて、もっとずっと美しくて正しい姿であった。ーーーつまり、等身大の油絵にかかれていた祖父の姿が祖父のほんとうの姿であった。(p50)
まえにもいったように、祖父のその絵画的な姿を祖父のほんとうの正しい姿と感じ、日常の祖父はいわばかりの姿の祖父、間に合わせに不完全にこの世へしばらく適合させられた祖父であるように感じられた。日常の祖父の姿で特異な奇妙なところは、これは明らかにそういう不完全な、たぶん、いくぶん不手際な適合の結果であって、純粋で真正な姿のかくしきれない名ごりであり、暗示であった。(p51)

何か「美しくて正しい」もの。そこに本当の祖父の姿があり、自分の眼前にあったのは仮の姿の祖父であった。年老いて生命力を少しずつ失っていく流転する生命ではなく、「美しくて正しい」変わらぬものに本当がある、何かギリシャ哲学的なものを7歳の少年が本能的に感じ取っていた。美しい話である。

こんなだったから、ついに祖父と永別する日が訪れて、祖父がかがやくばかりに正しい姿、完全な姿で横たわっているのを見て、少年はそれを心に不思議に感じなかった。(p52) 祖父の死に際して、彼は死の本質を本能的に感じていた。
それらの印象をときほぐして言葉にいいあらわすと、だいたいつぎのようになった。死は敬虔な、瞑想的な、悲しく美しい、つまり宗教的な性質を持っているが、しかしまた、それとは全然ちがう正反対の性質、ひどく肉体的で物質的な性質、美しいとも瞑想的とも敬虔とも、ほんとうは悲しいともいえない性質を持っていた。(p54)
「魔の山」 岩波文庫 トーマス・マン著 関泰佑、望月市恵訳




魔の山 3 サナトリウムでの時間

目的地に到着した。

八時ちかかったが、日はまだくれていなかった。湖水が一つ絵のような遠景に見えた。その水面は灰色で、岸ぞいのエゾ松の森がまわりの山を黒々と這いあがって、ずっと上でそれがまばらになり、ついに消えて、霧のかかった裸の岩だけをのこしていた。小さな駅で停車した。窓外の呼び声でそれがダヴォス・ドルフの駅であることがわかった。(p18)
駅で待っていた従兄のヨーアヒムに声をかけられ、初めて目的地に着いたことを知った。駅からは馬車を雇って、サナトリウムへ向かった。

部屋は34号室であった。その部屋で療養をしていた女性患者が数日前に亡くなっていた。消毒のにおいも残る中、疲れた体を休めるハンス・カストルプであった。8月だというのに暖房が必要なほどに涼しかった。サナトリウムは、生と死が同居する空間であった。

身支度を整えるとレストランへ向かった。その席で、従兄弟たちの会話に時間の話が出てくる。

「しかし、ここでは時間はほんとうは早くたってしまうだろうがね」とハンス・カストルプはいった。
「早いともおそいとも、どっちともいえるよ」とヨーアヒムは答えた。「だいたい時間はたたないといいたいねまったく時間などといえるものではないよ、そして、生活でもないね、ーーそうだよ、生活などといえるもんか」とヨーアヒムは頭をふりふりいって、ふたたびコップをつかんだ。(p33)
サナトリウムの生活が精神へ及ぼす影響、それの一番大きなものはこの時間に対する感覚の麻痺であろうか。生活していて、日々の変化が精神によって認識されなくなってしまう。毎日がいつも同じ事の繰り返しにすぎず、日々の個性が失われてしまうのである。

そして、後になって語られるが、サナトリウムの生活は外界から切り離されているように一見すると感じられるが、実は外の世界の影響から逃れられない。


「魔の山」 岩波文庫 トーマス・マン著 関泰佑、望月市恵訳




魔の山 2 時間

主人公ハンス・カストルプは、「夏のさかりに、生まれ故郷のハンブルグからグラウビュンデン州のダヴォス・プラッツにむかって旅だった。ある人を訪ねて三週間の予定の旅であった。」ダヴォスにあるサナトリウム「ベルクホーフ」で療養している従兄のヨーアヒムを見舞う為であったし、ハンス・カストルプ自身の養生のためでもあった。

旅に出かけたハンス・カストルプに起きる変化を暗示するように、旅が持つ時間的、空間的な力、それも強力な力を次のように書いている。

旅に出て二日もたつと、私たち人間は、とりわけ生活がまだ根をしっかりとおろしていない若いころには、私たちが日ごろ自分の仕事、利害、心配、見こみなどと呼んでいたすべてのもの、つまり、私たちの日常生活から、遠のいてしまうものである。それも、私たちが駅へ馬車を走らせながら考えたよりもずっと遠のけられてしまうもである。私たちと故郷との間に旋転し疾走しながらひろがってゆく空間は、一般に時間のみが持っていると信じられている力をあらわしてくる。つまり、空間も時間と同じように刻々と内的変化を生み、その変化は時間が生む変化にたいへん似ていて、しかも、ある意味ではそれにもまさる変化である。空間も同じように忘れさせる力を持っている。しかし、空間の忘れさせようは、人間をあらゆるきずなから解きはなち、自由な本然の姿におきかえるというやり方である。ほんとうに、空間は俗人をも、かたくなな俗物をも、一瞬に放浪児のような人間にかえてしまう。時間は過去を忘れさせる三途の川の水だといわれるが、旅の空気もそういう種類の飲みものであって、そのききめは時間の流れほどには徹底的でないにしても、それだけにいっそうてっとり早い。(上巻p15)
時間的な長さが日常の記憶を忘れさせてくれるように、空間的な長さも日常から我々の精神を引き離し、精神を変容させる。これからサナトリウムで数週間を過ごすハンス・カストルプが、日常から離れることによって精神状態が変容していく様子が物語に刻まれていく。

「魔の山」 岩波文庫 トーマス・マン著 関泰佑、望月市恵訳




魔の山 1 前書き

魔の山 トーマス・マン

ハンス・カストルプという青年が数週間の予定で訪れたサナトリウムで予定よりもずっと長い期間を過ごした出来事、それもカストルプ青年が何かをしたというより、彼がそこにいて周囲に起きたことを描いている。実際、前書きで次のように触れている。

私たちがこれから話そうとするハンス・カストルプの話---といっても、ハンス・カストルプを中心に話すのではなくて(というのは、読者もそのうちにわかるだろうが、ハンス・カストルプは好感は持てるが、単純な青年にすぎない)、たいへん話しがいがあるように感じられる話そのものを中心に話すのである。(前書き) ハンス・カストルプのことを単純な青年と呼んでいるが、彼は決して鈍い青年ではない。これから登場してくる人文学者やイエズス会士などの優れた人々ほどの見識や判断力には届かないという意味での単純さであって、何かに偏りがないということでは信頼がおける人物である。実際、ハンス・カストルプは実に見事な判断や感性を示して読者を適当と思われる考え方へと導いてくれるのである。

著者は「時」のことを気にしていて、物語の中でも繰り返し「時」のことが扱われる。
---という言葉で、時という不思議な現象の問題性と特殊な二重性にひとまずかるく読者の注意を呼びさましておくことにしたい。(前書き)
トーマス・マンの文章は、緻密で密度が濃くて厳密である。それは彼自身もそのように意識して書いているのである。
私たちはこの話をくわしく話すことにしよう、精密に徹底的に。---なぜなら、ある話についやされる時間と空間とによって、その話が短く感じられたり、長く退屈に感じられたりすることが、かつてあったろうか。むしろ私たちは、くどすぎるわずらわしさをおそれずに、徹底的な話し方こそ、ほんとうにおもしろいのだという考え方に味方をするのである。(前書き) トーマス・マンの緻密な文章の面白さを十分に楽しみながら、しかも、その文章で描き出そうとする意味を味わうのは幸せなことである。

「魔の山」 岩波文庫 トーマス・マン著 関泰佑、望月市恵訳




ベールキン物語 駅長 3

駅長の消息を聞かなくなって、わざわざ消息を確かめるために語り手が駅舎を訪れると、そこに駅長の姿はなく太った婦人が現れた。駅長のことを尋ねると、駅長は飲み過ぎが原因で一年前に死んでしまい、駅舎は麦酒醸造人のものとなっていた。

近くにいた子供に案内させて彼の墓まで歩いた。この上なく寂しい墓場であった。

それはむきだしの場所で、柵ひとつ、囲い一つなく、いちめんに木の十字架が立っているばかり、それに影を落とすただ一本の小さな樹もなかった。生まれてこの方、私はこんな侘びしい墓地を見たことがない。
子供に、他に誰か訪ねる者はないかと訊くと、きれいな奥さんがやって来たという。

「六頭立ての箱馬車で、小ちゃな坊ちゃん三人と、乳母と、真っ黒な狆を連れてやって来たっけが、駅長さんが死んだと聞くと、泣き出しちゃってね、坊ちゃんたちに『おとなにしてるんですよ、お母さんはお墓詣りをして来るから』って言ったよ。俺らが案内してやろうというと、奥さんは『いいのよ、道は知っているから』って言ったっけ。」
「俺らが遠くから見てるとね、あの人はここにぶっ倒れたなり、いつまでも起きあがらなかったっけ。そいから奥さんは村へ行って、坊ちゃんを呼んでね、お金をやったのさ。そいから行ってしまったっけが、俺らにゃ五コペイカ銀貨を呉れたよ。・・・本当にいい奥さんだったなあ。」
ドゥーニャが幸せに暮らしていること、ドゥーニャが心から父親のことを愛していたことが知れて、心が締め付けられるような感じがする良い情景である。

ところで、冒頭に出てくる「放蕩息子」の話と、駅長とドゥーニャの話が少し食い違っているのが気に掛かる。放蕩した娘が幸福になり、帰ってくると父親が亡くなっているのだから。

ここで、聖書の別のたとえ話を思い出す。100頭の羊を飼っている羊飼いが1頭の羊がいなくなったことを知り、1頭のことを探して夜遅くまで歩き回り、やっと見つけて大喜びをする話である。迷える羊のことに神がいかに心配し、迷える羊が救われることをいかに喜んでいるかを示すたとえである。

放蕩息子と迷える1頭の羊の話を絡めて、駅長の娘への愛情が描かれているような気がしている。娘が自ら進んで放蕩をしているのだと知った後でも、また、娘のことを罵っている時でも、あるいは、駅舎の中で力無く床に伏している時でも、いつも娘への愛情は強まることはあっても減ることや無くなる…

ベールキン物語 駅長 2

数年後、語り手は駅長のところを訪れるのだが、駅長は元気なく床に伏していた。娘のドゥーニャがいなくなったのだった。語り手が駅長から聞き出したのは次のような話だった。

あるとき、一人の騎兵士官が駅を訪れたのだがドゥーニャを見初めて、仮病を使って居座った。彼が旅立つ時にドゥーニャを教会のミサまで送ろうというので、駅長は馬車に相乗りを許したのだが、そのまま士官はドゥーニャを乗せて連れて行ってしまったのである。

駅長は、宿に泊まった時に写した駅馬券によって、士官がミンスキイ大尉という名でペテルブルグまで行くことを知っていたので、休暇を取ると、娘を捜しにペテルブルグまで出かけていった。ミンスキイ大尉の宿を探し当てると、娘を返してもらいに、大尉に会いに行ったが、適当にあしらわれてドゥーニャに会うこともできなかった。

諦めきれない駅長は、大尉の馬車をつけて行き、ドゥーニャのいる家を突き止め無理矢理会いに行く。

ドゥーニャは流行の粋をつくした装いで、さながらイギリス鞍に横乗りになった乗馬婦人のような姿勢をして、男の椅子の腕木に腰をかけている。彼女は優しい眸をミンスキイに注ぎながら、男の黒い捲髪を自分のきらきら光る指に巻きつけている。可哀そうな駅長よ!彼にはわが娘がこれほど美しく見えたことが曾てないのだった。彼は思わずうっとりと見つめていた。
ドゥーニャは次の瞬間に気配を感じて振り返り、自分の父親がそこにいるのを知り、そのまま倒れてしまった。娘を垣間見たもつかの間、今度も大尉につまみ出されてしまった。

駅長は、先ほど見た娘の様子に、娘は自らの意志で大尉と一緒にいることを悟り、ドゥーニャを連れ戻すのを諦めて家路についた。それからというもの駅長はふさぎ込んで毎日を暮らしていたのである。

「スペードの女王・ベールキン物語」 岩波文庫 プーシキン著 神西清訳



ベールキン物語 駅長 1

1800年代初頭のことであるからまだ汽車などはないから、駅と言っても馬や馬車の乗り継ぎをするところで、そのような駅の駅長の物語である。ロシアでの駅長の地位は低く、軍や役所の階級の高い人たちは言うに及ばず、旅人たちからも、馬や御者や旅程の遅れなどまで理由にして責められる弱い立場にあった。

語り手の知っている中に、ドゥーニャという名の美しく利発な娘を持っているシメオン・ヴイリンという駅長がいた。どのように不機嫌な旅の客でもドゥーニャが出てくるだけで気分が静まり、駅長にさえ優しい言葉を掛けてくれるのであった。

駅長の家には、聖書に出てくる「放蕩息子」の物語を描いた4枚の絵が掛けてあった。「放蕩息子」の物語は大体以下のような内容である。

父親から相応の財産を分け与えられた下の息子は、旅に出て放蕩の限りを尽くし、持っていた財産を使い果たしてしまう。零落した息子は、食べるものも着るものも儘ならぬ身となり、深い後悔と悲しみに至る。行くところにも困った息子は、父親の許に戻るのだが、父親は下の息子が戻ってきたのを喜び迎えて祝宴を開く。ずっと父親と一緒にまっとうな暮らしをしていた上の息子は、何故正しい生活をしていた自分のためには宴を開いたこともないのに、放蕩の限りを尽くした下の息子のために宴を開くのかと問う。これに対して父親は、死んだと思っていた息子が生きて帰ってきたのであるからこれほど喜ばしいことはない、これを祝わない父親があるだろうか、と答える。

語り手は、そして読者も、娘のドーニャと「放蕩息子」の絵について強い印象を受けつつ、話の展開を待つのである。

「スペードの女王・ベールキン物語」 岩波文庫 プーシキン著 神西清訳



ベールキン物語 その一発

地方師団の将校たちが集まる社交場にシルヴィオと言う一人の男がいた。彼は「平生の沈鬱さ、激しい気性、また毒舌癖」によって若い将校たちから一目をおかれる存在であった。さらに射撃の名手でもあった。

彼 のおもな日課はピストルの練習で、部屋の壁は一面の弾痕に蝕まれて、まるで蜂の巣のように孔だらけだった。ピストルの豊富な蒐集は、彼の住むみすぼらしい 小屋に見られる唯一のの贅沢品であった。その腕前と来たらとても人間業とは思えないほどで、彼がお前の軍帽に載せた梨を射落としてやろうかと言い出せば、 頭を差し出すことをためらう者は聯隊じゅうに一人もなかった。(第1章)
そのシルヴィオが、些細なことで決闘に値する侮辱を受けたにもかかわらず、しかも彼ほどの腕前を持ちながら、決闘をしなかったことで将校たちからの尊敬を失ってしまう。後でわかるのだが、彼には別の人間と決闘するまでは命を粗末にできない事情があったのである。

シ ルヴィオが、まだ連隊に勤務していた頃、彼はその酒量と銃撃の腕前によって連隊中から一目をおかれる存在であり天狗になっていた。ある日、家柄もよく財 産のある男が連隊へ来たことから、シルヴィオの人気が落ち目になり、シルヴィオはその男に嫉妬を抱きはじめる。憎しみを憶えはじめていたシルヴィオはその 男ととうとう決闘をすることになった。しかし、シルヴィオが銃で狙いを定めているにも関わらず男が平然とサクランボを口にしているのに屈辱と怒りを感じた シルヴィオは自分の一発を保留にしたまま決闘を中断し持ち越しにしていた。

ある日のこと、シルヴィオは聯隊を離れて旅立っていく。決闘に決着をつけるためであった。その後消息は知れなかったが、語り手はふとしたことで、決闘の顛末を知る

語り手は連隊を辞めて田舎暮らしをしていたのであるが、ある時隣村に伯爵夫妻が滞在した。田舎暮らしに寂しさを感じていた語り手は、早速訪問に出かけたのであるが、伯爵その人がシルヴィオの決闘相手であった。

シルヴィオは、伯爵を訪ねてきて決闘の続きを申し込んだ。

伯爵は軍隊を離れてから銃を握っておらず腕前は落ちていたため、銃を外してしまう。次にシルヴィオの番になった。伯爵には愛する妻がおり、以前のような泰然とした態度で決闘に望む事はできず、怖じ気づいたり、妻の前で取り乱したりした。決闘相手に対して精神的に苦痛を与えられたことにシルヴ…

ベールキン物語

ベールキン物語

ベールキン物語は、イヴァン・ペトローヴィチ・ベールキンによって書かれたという設定を取っている、プーシキンの短編集で5つの作品が収められている。5つの作品とは、「その一発」、「吹雪」、「駅長」、「葬儀屋」、「百姓令嬢」である。簡潔で明瞭な文章によって、個性的な人物たちが登場する起伏があって思わず引き込まれる物語を描いている。訳者の文章も非常に格調高く、名訳ではなかろうか。

プーシキンの以前にロシア散文文学がなかったということを考えると、金字塔のような作品である。

「スペードの女王・ベールキン物語」 岩波文庫 プーシキン著 神西清訳



スペードの女王 5 ほくそえむ女王

ゲルマンは、幻に授けられた3つの数字を胸に、勝負の場を探し求めていた。ある時モスクヴァの賭博倶楽部のチェカリンスキイがペテルブルグを訪れた際に、チェカリンスキイとの大勝負に出る。

1日に1つずつ数字をーー最初の日は「三」を、次の日は「七」をーー賭けて大金を手に入れていった。最初の日は余裕のあった大賭博師チャカリンスキイも、3日目には青ざめて卓に坐っていた。二人の勝負を全員が見守る中、ゲルマンは「一」を賭けた。

「『一(トウズ)』がやった!」とゲルマンは言って、持ち札を起こした。
「いや、『女王(ダーマ)』の負けと存じますが」とチェカリンスキイがやさしく言い直した。
ゲルマンは愕然として自分の手を見た。張ったはずの「一」は消えて、開いたのはスペードの「女王」であった。彼は自らの眼を疑った。ーーこの指が引き違いをする筈はないのだが。ーー
そのとき、スペードの『女王』が眼を窄(すぼ)めて、北叟笑(ほくそえ)みを漏らしたと見えた。その生き写しの面影に、彼は悄然とした。
「あいつだ!」彼は目を据えて絶叫した。(第6章)
勝ったと思った瞬間に、勝利は彼の手からするりと逃げてしまった。彼は再び幻を見て、スペードの女王の顔に伯爵夫人の面影を認めたのであった。

この物語はいくつもの魅力を持っている作品だと思う。
寓話として見た時、非情に面白い筋書きである。短い文章の中で、ゲルマンという冷静で計算高く非情な個性を描き出しているのもすごい。自分の欲望達成のためであれば、老婆の生命をも何とも思っていない、そういう非情な冷静さを描き出している。さらにリザヴェータを登場させることで話に丸みとリアリティが加わっているような気がする。

冷静なゲルマンが、自分自身の欲望の裏返しである幻によって正気を失ってしまうところが強く印象に残る。現実と幻が微妙に絡み合っているのだが、いったいどこまでが現実でどこからが幻であったのか、物語を読み返してみても判然としない。そういうところがプーシキンの文章の魅力であろう。

「スペードの女王・ベールキン物語」 岩波文庫 プーシキン著 神西清訳



スペードの女王 4 運命の数字 「三」「七」「一」

リザヴェータの助けを借りて、ゲルマンは伯爵夫人の屋敷から無事に抜け出すことができた。ゲルマンが脱出する場面の描写に私は惹かれる。写真やテレビで知っているヨーロッパの館の造りを断片的につなぎ合わせて、古くて暗く大きな館の中にある秘密の抜け道をゲルマンがするりと抜けていく様子を想像するのである。

彼は廻り梯子を降りて、再び伯爵夫人の寝間に踏み入った。死んだ老媼は石像さながら椅子に掛けて、その面に底知れぬ安らぎを湛えている。ゲルマンは夫人の前に立ちどまり、実相の怖ろしさを見極めようと願うかのように、じっと眸を離さなかった。やがて彼は内房にはいり、壁紙のうえを手探りで隠し扉を探し出して、一寸先も見えぬ梯子段を下りはじめた。(第4章)
3日後、「信心もない癖に迷信の深い彼は、老媼の怨霊の祟りもあろうかと」故伯爵夫人の葬式に参列した。心が晴れないゲルマンは、小料理屋で珍しく酒をあおったが内心の疼きは静まらず、家に帰ると着替えもしないで寝てしまった。「夜中に眼を覚ますと、月光はひたひたと部屋を浸していた。時刻を見ると三時に十五分前。」そのとき誰かが扉から部屋に入ってきた。彼が見たその姿は伯爵夫人であった。
「お前の望みを叶えてやれとの仰せです。『三(トロイカ)』、『七(セミョルカ)』、『一(トゥズ)』ーーこの順で張れば勝ちです。」(第5章)
ついに運命の数字を聞いてしまったゲルマンの頭の中は「三」「七」「一」でいっぱいになって、もう伯爵夫人の死などは影もなくなった。

「スペードの女王・ベールキン物語」 岩波文庫 プーシキン著 神西清訳



スペードの女王 3 ゲルマンと伯爵夫人

リザヴェータに近づいた上で伯爵夫人と話をする機会を窺うため、ゲルマンはリザヴェータに恋文を送り始める。「一日も欠かさぬ手紙が、手を変え品を変えてリザヴェータに送られた。それはもうドイツ小説の引き写しではなかった。」ゲルマンの手紙に宿る尋常ならざる強い気持ちに動かされてリザヴェータはとうとう逢い引きの手はずを相手に伝える。

大使の舞踏会に伯爵夫人とリザヴェータが出かけた後、奉公人たちが羽を伸ばしている隙を見て、ゲルマンが屋敷の中に忍び込みリザヴェータの部屋に隠れる算段であった。しかし、実際にはゲルマンは、リザヴェータの部屋ではなく伯爵夫人の部屋に隠れた。

時は徐(おもむろ)に過ぎた。闃(げき)として物音もない。客間の時計が夜半を報ずると、遠近の間の時計も次々に十二を打ったが、軈てものと静寂に帰った。ゲルマンは火の無い暖炉に凭れていた。彼は全く平静であった。避け得られぬ危難を覚悟した人のように、その心臓は正しい響きを伝えた。(第3章)
夜会を終えて伯爵夫人は帰宅し、夫人の着替えを手伝うために出た女中たちも自分たちの部屋へ引き下がった頃、ゲルマンは夫人の前に進み出た。そして、ゲルマンは三枚の札を教えて欲しいと願った。夫人は、あれは冗談だったと返事をしたのだが、ゲルマンは聞かず、さらに迫った。
「たといその為、怖ろしい罪咎をお着になろうと、至福とお別れになろうと、悪魔とどんな取引をなさろうと、まあ考えても御覧なさいーー貴女はもう御老体です。この先の生命もお長くはありますまい。貴女の罪咎は私の魂にお引き受けします。ですから秘伝をお明かし下さい。」(第3章)
なんと冷たく非情な考え方であろうか。自分の欲望のために、相手に悪魔とでも取引をせよと迫っているのである。しかも、気が狂ったわけではなく、冷静で計算ずくめの考えである。人間の怖ろしい一面を覗かせている。
終いにはピストルまで出して脅したのだが、夫人は何も話さないどころか、ショックのため「見れば彼女は死んでいた。」伯爵夫人の部屋を出ると、ゲルマンはリザヴェータの許へ向かい、今までの出来事を告白する。

彼女は今は及ばぬ後悔に咽び泣いた。ゲルマンは無言で女を見詰めていた。その胸もやはり引きちぎられる思いであった。とはいえ彼の冷たい心を騒がせるのは、哀れな娘の涙ではない。嘆き悶える有様のひとしお美しい姿でもない。現に目の前で息絶えた老媼…

スペードの女王 2

三枚のトランプの話を聞いてからというもの、秘伝のことが頭を去らず、我を忘れてゲルマンはペテルブルグの街を彷徨い歩いた。そして、知らず知らずのうちに辿り着いたのが老伯爵夫人の邸宅であった。

伯爵夫人の屋敷を探し当てたものの、どうしたものかと考えあぐねて、ゲルマンは屋敷の外に何時間も立ちすくんでいた。そのとき遠く窓越しにではあったが、屋敷に住むリザヴェータと目があったことから、ゲルマンの考えは決まり、物語が前へと歩み始める。ゲルマンは、リザヴェータを介することで伯爵夫人へ近づくことを企てるのである。
その当時の老伯爵夫人やリザヴェータについて、プーシキンが簡潔ではあるが非常に表現力豊かな文章で描いた一例を紹介する。プーシキンの見事な文章が物語にリアリティや魅力を与える重要な役割を果たしている。

短い文章の中で、伯爵夫人の過去や性格や毎日の生活の様子が上手に描かれている。

伯爵夫人***はもとより邪な 人ではないが、世に甘やかされた女の例しに漏れず、気儘な人であった。また、花の時楽しみつくし、今の世に縁遠くなった老婆の例しに漏れず、吝嗇で、冷た い我執に満ちていた。彼女は今もなお、社交界のあだな催しには何時も欠かさず姿を見せた。華やかな舞踏会にも出入りして、厚化粧を凝らし時代遅れな衣装を まとうた彼女は、広間にはなくてはならぬ怪奇な置物として、片隅にうずくまっていた。
リザヴェータの境遇や伯爵夫人との関係もこんな風に表現されている。

リザヴェータは本当に不幸な娘であった。『他人の麺麭(パン)のいかばかり苦く』とダンテは言う、『他人の階子(はしご)の昇降のいかばかりつらき。』もし束縛の絆が、高貴の老婦人の許に養い取られた哀れな娘の身にこたえぬとしたら、ほかの誰がその苦さを知ろうか。
リザヴェータ・イヴァーノヴナはこの館の殉教者である。お茶を注いでは、砂糖の使い方が荒いと叱られた。小説を読み上げては、作者の罪科を一人で着た。散歩のお供をしては、天気や道がわるいと責められた。定めの給金をきちんと払って貰えた例しはないのに、いつも皆の衆と、と言うのはつまりきわめて少数の婦人と同じに、身仕舞いをととのえていなければ夫人のご機嫌は悪かった。
「スペードの女王・ベールキン物語」 岩波文庫 プーシキン著 神西清訳



スペードの女王 1 伯爵夫人と三枚の骨牌(カルタ)

スペードの女王 プーシキン著

ロシアの都ペテルブルグが舞台。若い士官たちが近衛騎兵士官ナルーモフの所に集まり、トランプで賭けながらロシアの長く厳しい冬の夜を過ごしていた。ロシアに帰化したドイツ人を父に持つ工兵士官ゲルマンもその場にいたが、倹約家である彼は賭け事が好きであっても賭には参加せず脇で見ているだけであった。

たとえば、彼が心からの賭博好きでありながら、まだ一度も骨牌(かるた)札に手も触れないのは、「余分な金を手に入れようとして、入用な金を投げ出す」ほどの身代ではないと、口にも出し、また自分にも思い込んでいたからである。その癖、夜通し骨牌(かるた)卓の前を離れずに、転変極まりない勝負のさまを、熱っぽい眸でただわくわくと追っているのであった。(第2章)
トランプで一夜を明かし、そろそろ寄り合いもお開きにしようとする時、年老いたアンナ・フェドトヴナ伯爵夫人にまつわる賭け事の噂になった。それは次のようなものであった。

60年前、伯爵夫人はパリに滞在していたが、パリ中の上流階級が追い回すほどの人気であった。ある日、伯爵夫人は宮中にてオルレアン公相手にトランプで大敗を喫した。伯爵に払ってもらえなかった彼女は、負けたお金の工面に奔走し、ついにサン・ジェルマンに相談したところ、トランプの秘伝を授けられた。次にヴェルサイユで開かれた大会で、彼女はオルレアン公相手に、トランプを闘わせた。3枚の札を選び、1枚1枚賭けていき、負けを見事に返してしまった。しかし、今に至るまでその秘伝はわかっていないということであった。

賭け事が好きで集まっていた士官たちである。この噂話を聞いて、関心を示さぬ者はなかったが、皆は口々に嘘だとかまぐれだとか理由をつけた。ゲルマンはというと、その場では気のない発言をしたが、その実、この話を聞いて以来この話が頭から離れず、いてもたってもいられなくなった。

三枚の骨牌(かるた)の話は、著しく彼の空想を刺激して、一晩中頭を去らなかった。「若し、ひょっとして」と、彼はその翌る日ペテルブルグの街をさまよいながら考えた、「若し、ひょっとしてあの年寄りの伯爵夫人が、この俺に秘伝を明かして呉れたら。さもなければ、ただ三枚の勝ち札だけでも教えて呉れたら。」(第2章)
お金のことに心を奪われペテルブルグを彷徨い歩くゲルマンの姿は、ドストエフスキー著「罪と罰」のラスコーリニコフを…

オスカー・ワイルド 「ドリアン・グレイの画像」

「ドリアン・グレイの画像」岩波書店 オスカー・ワイルド著 西村孝次訳

美貌の貴族青年ドリアン・グレイは、友人の画家ホールワードに肖像画を描いてもらっていた。画家のアトリエで出会ったヘンリー卿に触発されドリアンの性格は変わり、その後のドリアンは快楽にふける生活を送っていく。

ドリアンの魂が堕落するに比例して、ホールワードが描いたドリアンの肖像画は醜さを増していく。しかし、ドリアン自身は幾年を経ても美貌と若さを保ったままであった。

快楽こそが人生の全てと考えて生きてきたドリアンであったが、魂の退廃に堪えきれなくなり、ついには自らの手で肖像画を切り裂こうとしたが、ナイフはドリアンの心臓を刺さり死んでしまう。その最後の瞬間に、ドリアンと肖像画の姿は入れ替わっていた。


序文に警句がいくつか書かれている。以下はその一部である。

芸術家とはもろもろの美しいものを創造する人である。
芸術を表して芸術家を隠すことが芸術の目的なのである。
批評家とはもろもろの美しいものからうけた自己の印象を別な形もしくは新しい材料に移しかえることのできるひとである。
  最高の批評は、最低のそれと同じように、自伝の一種なのである。
美しいものに醜い意味を見いだすひとびとは腐敗しているだけで魅力がない。これはひとつの過失である。
  美しいものに美しい意味を見いだすひとびとこそ教養人なのである。これらのひとびとには望みがある。
  美しいものが「美」だけを意味するひとびとこそ選ばれた民なのだ。
ワイルドはドリアン・グレイにおいて芸術や美について描いたにも関わらず、作品には醜さが際立ってしまっているのは皮肉な印象を受ける。美と若さを保っていた主人公は、魂の腐敗に堪えかねず自らの手で死に至ってしまう、この結末も著者の思想からすると正反対の方向に物語が進んでしまっている。作品にリアリティを持たせようとすると、どうしてもそういう流れになってしまうのか。とすると、著者の思想そのものにも、何か足りないものがあるのではないかと思えてくる。

コンラッド 「闇の奥」 7 クルツと二人の女

クルツを巡って二人の対照的な女性が登場する。アフリカの奥地に住む原始的な女と、ヨーロッパでクルツの帰りを一人待っていた許嫁であるが、クルツの住む二つの世界を象徴している。

クルツを連れ帰るために船へと運び入れ休ませた時、その女は現れた。クルツが引き込まれていった闇黒に住む女性は、原始的な強い生命力と自我を感じさせた。

なにか縁飾りのある縞模様の布片をゆるやかに纏い、昂然とした足取りで歩いている、ーー一定のリズムに乗って足を運ぶ度に、いかにも野性を思わせる装身具が、かすかに音を立ててキラキラ光る。昂然と頭をもたげ頭髪はヘルメットのような形に結い上げている。膝には真鍮の脛当、肱には同じ真鍮製の肱当、渋色の頬には深紅の頬紅をさし、頸には無数のガラス玉を頸飾りに下げている。(p126)

すばらしい野性を帯びた絢爛さ、狂暴な光を湛えた華麗さだった。一歩一歩悠然と踏むその歩調には、なにか不吉な、それでいて一種荘重な威厳さえ感じられた。茫漠たる悲しみの荒野を、突如として領した沈黙の中に、今や豊饒と神秘の巨大な生命の一団が、まるで彼等自身の闇黒の情熱の姿を目の当たりに見るかのように、粛然として彼女を注視しているのであった。(p126)
アフリカから戻って1年が過ぎた頃、マーロウは許嫁の許を訪れてクルツの最期を語るのである。許嫁はいつまでもクルツを慕い、喪服を着て暮らしていた。

血の気のない顔をした黒装束の女が、まるで揺曳するように薄闇の中を入って来た。喪服だった。彼が死んでから、そしてその報知があってから、もう一年以上経っていた。だが、彼女は永久に憶え、永久に嘆いているかのように見えた。(p154)
彼女にとってクルツの死は過去のものではなく、今もその悲しみの中に生きていた。クルツの死は永遠のものとなったのであった。

彼女にとっては、クルツの死はまだほんの昨日の出来事だったのだ。僕は激しい感動を覚えた、そして僕にもまた彼の死が昨日ーーいや、今この瞬間の出来事のように思えてきた。彼女と彼ーー彼の死と彼女の悲しみとを、僕は同一瞬間の中に見たとも言えれば、ーーまた彼女の悲しみを彼の死の瞬間においてみたともいえよう。諸君にはわかるだろうか?僕はそれらを同時に見、ーー同時に聞いたのだ。女は大きく一つ息を呑んだかと思うと、「私は取り残されました、」と呻くように言った。その時の僕の張りつめた耳は、彼女…

コンラッド 「闇の奥」 6 クルツ 自己との対峙と荒廃

いったいクルツの身に何が起きたのか。アフリカの奥地、完全な静寂の中で一人自己と向き合しかなくなったとき、心の奥に潜む自己の欲望に気づき、それに身を任せてしまったのだ。制するもののない地では、彼の常軌を逸した行動は増幅されていった。

完全な孤独、お巡査さん一人いない孤独ーー完全な静寂、世間の与論とやらを囁いてくれる親切な隣人の声など、一つとして聞かれない静寂、ーーお巡査さんも隣人も、それはほんのなんでもないものかもしれぬ。だが、これが文明と原始との大きなちがいなのだ。それらがいなくなれば、あとはめいめい生まれながらの自分の力、自身ひとりの誠実さに頼るほかなんにもないのだ。(p103)

たった一人荒野に住んで、ただ自己の魂ばかり見つめているうちに、ああ、ついに常軌を逸してしまったのだった!(p138)
名声、栄誉、成功、権力。「一切の関心が恐ろしいほどの強烈さで、自我の上だけに集中されていた」。有能で偉大な人物であったが故に、その荒廃ぶりも凄まじかった。道徳や誠実さといった人間的なものは失われ、ひたすら自我を満足させることだけに集中される生。それはもう人間とは言えないのではないか。アフリカ奥地の原始的な環境("Heart of Darkness":原題)の中で心の中の原始的な感情("Heart of Darkness")に身を委ねてしまい、身を滅ぼしてしまったのだ。
最後の瞬間も壮絶だった。

あの時彼の顔に現れた恐ろしい変化、僕はそれに近いものをさえ、かつて一度も見たことがなかったし、願わくば今後も二度とふたたび見たくないと思っている。僕の心は、動かされたというよりは、魅惑されてしまったのだ。いわば帷が引き裂かれたのだ。僕はあの象牙のような顔に、陰鬱な自負、仮借ない力、おどおどした恐怖、ーー一口でいえば、厳しい完全な絶望の表情を見てとった。このいわば完全知を獲た至上の一瞬間に、彼は彼自身の一生を、その欲望、誘惑、惑溺と、それらのあらゆる細部にわたって、あらためて再経験しつつあったのではなかろうか?なにか眼のあたり幻でも見ているように、彼は低声に叫んだ、ーー二度叫んだ。といっても、それはもはや声のない気息にすぎなかったが。
「地獄だ!地獄だ!」(p144)
クルツの荒廃を眼のあたりにし、マーロウ自身もーーそれは作者自身でもあるーー自己と向…

コンラッド 「闇の奥」 5 クルツとの対面

いよいよクルツとの対面ーー原住民たちに担架で担がれたまま、やせ衰えた姿を見せた。背丈は7フィート、鳥籠のような肋骨が浮き出している。病によってやつれ、自分ではもう歩けない状態になりながらも、彼の精神は未だに恐ろしいほどに力強くその体の中に居座っていた。彼の精神は、目の輝きと、驚くほどの響きをもった声の中に現れていた。

なにか奇怪な、痙攣でも起きたように肯く骨張った顔からは、落ち窪んだ亡霊の瞳が暗鬱な光を帯びて輝いていた。(p124)
だが、それよりも僕を驚倒させたのは、あの全く無造作に、ほとんど唇一つ動かさないで発した彼の声の音量だった。声!声! それは実に厳粛に、沈痛に、そして朗々として響いた。(p125)
クルツを看護するために、そしてヨーロッパへと連れ帰るために、彼を小さな船室へと担ぎ込んだ。原住民たちは森へと帰っていった。

しかし、クルツはヨーロッパへ帰るつもりはなかった。

だが、最初は自分で自分の眼が信じられなかった。ーーあまりにもありうべからざることに思えたからだ。つっまり、そのとき僕の気力もなにも奪ってしまったのは、いわば全く空虚な驚きーー現実の肉体的危険とは全然無関係な、純粋に抽象的な恐怖だったのだ。だが、なぜ僕はこの感情に心もなにも縛られてしまったのだろう。ーーそうだ、なんと言ったらいいか、ーーいわばそれは、僕の受けた精神的打撃、たとえばなにか思ってもたまらない、そしてまた憎むべき悖徳が、突如として僕の魂の上に押しつけられたとでもいうような、そうした恐ろしい打撃がそうさせたのだ。(p133)
皆が寝静まると彼は船室から抜け出し、衰弱しきって歩けないため、這い蹲りながら森へと戻っていった。それは、彷徨う亡霊の姿であった。そうまでしても、彼には自己の欲望を満たしたいという衝動があった。マーロウはその人間の心の奥に潜む自我の凄まじさに恐れ戦いたのだろう。

「闇の奥」 岩波書店 コンラッド著 中野好夫訳





コンラッド 「闇の奥」 4 噂のクルツ

マーロウや中央出張所支配人たちは、船で河を遡り、クルツが支配する奥地出張所へとたどり着いた。途中、船は河岸の叢林から矢で攻撃してくる原住民たちに襲われ死者まで出す犠牲を出しての到達であった。

奥地出張所では、クルツに心酔するロシア人青年が待ち構えていて、マーロウたちを出迎えてくれた。ロシアの青年は、病で小屋に伏せているクルツについて語り出す。彼の語るクルツ像は、恋愛や思想を語る高邁な姿から、人間性が荒廃して自らの欲望によって行動する姿にまで及ぶ。クルツが精神の荒廃へと至った過程は具体的には書かれていないのだが、クルツに関する断片的な描写を通して、彼の精神の足跡が知れるのである。

ロシア人青年がクルツと出会った頃、恋愛、正義、善行、様々な問題について二人は夜を徹して語り合ったこともあり、その素晴らしい思想や正義感によってロシア人青年はクルツの礼賛者となった。その声の響きはクルツの特徴であり、非常に大きく印象的で、聞く人を圧倒し、彼の持つ精神力の大きさを反映している。その声で、クルツは自作の詩さえもロシア人青年に朗読して聞かしてくれた。

一方、クルツは、その声や精神によって近くの集落の原住民たちの心をも掴まえていた。原住民たちにとってクルツは神のような存在であった。クルツは原住民たちを自分自身の欲望の手段とし、彼等を従えて近隣の集落を襲い象牙を略奪した。クルツは、自分自身の欲望を満たすことしか考えられなくなっていたのである。

「闇の奥」 岩波書店 コンラッド著 中野好夫訳





コンラッド 「闇の奥」 3 アフリカ 静寂の中で

さらに奥地へと出発するまでの中央出張所で過ごす日々。アフリカ奥地の静寂は、穏和で平和なものではなく、神秘的で測り難い奥深さがあり、その静寂は、マーロウを自分自身への内面へと思いを向かわせる力を持っていた。「闇の奥」という題名がアフリカの奥地を示していると同時に、心の奥という意味を暗示していることがわかってくる。アフリカの過酷な自然の中では原住民でさえ平気でいられない、ヨーロッパから来たような男たちは1,2年で病に倒れてしまう。過酷な環境に体が耐えられる男でさえ、静寂の中で正気でいられなくなる。

なにも仕事好きじゃない、ーー誰だってそうさ、ーーただ僕にはね、仕事の中にあるものーーつまり、自分というものを発見するチャンスだな、それが好きなんだよ。ほんとうの自分、ーー他人のためじゃなくて、自分のための自分、ーーいいかえれば他人にはついにわかりっこないほんとうの自分だね。世間が見るのはただ外面だけ、しかもそれさえほんとうの意味は、決してわかりゃしないのだ。(p58)
いったいこうした単に表面の偶発事にばかり注意していると、物の真実、ーーそうだ、真実というものは、影がうすくなる。幸いなことにーー内部の真実は隠れるのだ。(p69)
マーロウは、自身の内面を見つめると同時に、クルツという男への関心も高まっていった。アフリカにまで流れてくる金目当ての男たちとは違い、クルツが有能であるばかりか志さえも優れた人間であったからである。文明人として立派な男であるクルツは人間を代表しており、この襲いかかるような静寂の中で人間はいったい何を思うのか、何をするのかが、問われている。

なにも特に興味をもったというわけじゃない。そんなことはないのだが、それにもかかわらず、僕は、なにか妙に興味があった。クルツというこの男、とにかくある道徳的信念をもってやってきたというのだが、果してそうした人間でも立身出世をするものだろうか、そしてまたそうした位置についた場合には、どんな風に仕事をやって行くものだろうか、それが知りたかったのだ。(p62)
アフリカのジャングルの静寂は、情景描写されてはいない。私が頭に思い浮かべるアフリカのジャングルは、鳥や獣や昆虫の声、草木の揺れ動く音や河のせせらぎに満ちていて、それほど静かでもなかろうと思うのだが、「闇の奥」では、人を狂わせんばかりの押さえつけるような力が静寂を支配してい…

コンラッド 「闇の奥」 2

マーロウは、河口から200マイルも遡った奥地へと入っていった。

人影一つない空虚の国を、踏みならされた小径が網の目のようについている。草野をよぎり、焼野をすぎ、叢林を抜け、夏なお寒い警告を下るかと思えば、炎暑にぎらぎら光る石塊山を上っている。寂寥、ただ寂寥、人一人見ず、小屋一つ見ないのだ。(p38)
マーロウが雇われた会社は、象牙をアフリカの奥地から集めて売りさばいていた。マーロウが辿り着いた中央出張所では、原住民の黒人たちが会社の労働力として使われ、搾取されていた。黒人たちは周辺の村から徴集されてきて、容赦なく酷使され、体が弱るとそのまま道ばたに放っておかれた。

出張所の支配人は、クルツという男のことをしばしば口にした。中央出張所からさらに奥地へと行ったところにある出張所の責任者で、会社の上層部が一目をおく有能な人物であった。そのクルツのことを心配しているのである。

「闇の奥」 岩波書店 コンラッド著 中野好夫訳





コンラッド 「闇の奥」 1

「闇の奥」 岩波書店 コンラッド著 中野好夫訳

ロンドンのテームズ川、船の上で暇つぶしをする男たちに、船乗りマーロウは、自身が過去に行ったアフリカの奥地の話を始める。テームズ川の連想から出てくる遠くローマ人のことやイギリスの輝かしい船長たちの名前ーーこれらは少し読み進むと出てくる未開の地の河と、古くから文明の中にあるテームズ川との対比が示されている。

マーロウは、アフリカの奥地に行くことを思いつき、ある船会社を訪れる。会社の入り口に二人の女が座っているのだが、これからマーロウが向かうアフリカへの旅を暗示するかのように暗い雰囲気を漂わせていた。

奥地へ行ってからも、またしても僕はこの二人の女のことを思い出した、まるで暗い棺衣にでもするつもりか、一心に黒い編み物をしながら、「闇黒」の門を衛っている女、呑気な、お人好しの若者たちを、次から次へと、一人はたえず未知の国へ案内しつづけている、そして今一人は、例のあの冷ややかな視線を挙げては、一人一人その顔を観察しつづけているのだ。(p20)
会社と契約したマーロウは、船に乗りアフリカへと向かう。その旅路から既に、心浮かなず、憂鬱な気持をマーロウに抱かせていた。しかし、生気に満ちた黒人たちの姿を見た時、いくらかは心が紛れることもあった。それも長続きはしなかったのだが。

顔は奇怪な仮面をそのままーーだが、彼等にも骨格、筋肉、そして激しい生活力はあるのであり、その激しい活動力は、あの岸に寄せる波のように、自然であり、そして真実でもあるのだ。ここでの彼等は、完全に存在の理由をもっている。眺めているだけでも、大きな喜びだった。だが、それも長くはつづかない。(p26)
これから向かうアフリカで経験する何かを暗示させる旅路だったわけである。

が、僕の胸には、妙に漠然とした、そしてなにか胸でも圧えられるような驚異が、いつもまにか、大きくひろがっていた。いわば悪夢の予兆の中をわけ入るとでもいうような、物倦い遍歴の旅だった。(p28)
そして、目的とする河の河口に辿り着いたのだった。






スタンダール 「赤と黒」 14 最後の日々

マチルドとの恋のことで軽騎兵中尉にもなったジュリアンであったが、 ラ・モール侯爵からの問い合わせに対するレナール夫人の返信によって全てが破滅へと向かっていく。ジュリアンは衝動に駆られてヴェリエールの御堂でレナール夫人を鉄砲で撃ち、牢獄に捕らわれた。

撃ち殺してしまったと思っていたレナール夫人が生きていたことを知って、神に感謝する様子。

「ああ!あのひとは死んだのじゃなかった!」そう声を上げて叫び、そこにひざまずいて熱い涙の流れるままに泣いた。
この感激の刹那、彼は神を信じる気持ちであった。僧侶の偽善的行為がどうあろうとも、心理には、神という観念の崇高さには一抹の曇りもかからぬ。(第2部 第36章)
牢獄で自殺の誘惑に駆られるが、生を最後まで全うするという考えに辿り着く様。

それから数日後、彼は反省した。(おれの命はまだ五六週間くらいはあるだろうが、‥自殺?いや、それはいかん!ナポレオンは最後まで生命を全うしたんだ‥‥)
(それに、生きていることは、楽しい。ここは静かだし、それにうるさい人間は一人もおらん)(第2部 第36章)
牢獄に面会に来た、かつての師シェランを目の当たりにして、シェランの衰えの中に死を感じて恐れる様。

犯罪のとき以来、これほどせつなく感じた瞬間はなかった。。彼はいま目前に死を見たのである。しかもその最も醜い姿において見たのだ。悠々せまらない英雄的な気持、そのさまざまの幻想も、嵐の前の雲のように吹き飛ばされてしまった。(第2部 第37章)
死への恐れに戦いていた時、友人フーケが自身の全財産を犠牲にしてジュリアンを助けようと奔走したことを知って、フーケの行為の中に崇高なものを感じて驚く。そして死への恐れから救われるのである。

この崇高なものをみたことが、シェラン師の姿を見て以来すっかり喪失していた意気をもとどおりに恢復させた。(第2部 第37章)
レナール夫人を本当に愛していたことを初めて理解し、フランシューコンテで過ごした時期が本当に幸福であったことを知る様。

野心はもう彼の心の中で死んでしまって、その焼け残りの灰から別の情熱が生まれてきていた。そして、彼はこれをレナール夫人を殺しかけたことの後悔と呼んでいた。
事実、彼は無上に夫人が恋しかった。一人っきりでじゃまのはいる心配なしに、あのヴェリエールやヴェルジーの楽しかった日の思い出にひたっている時は、たとえ方…

スタンダール 「赤と黒」 13 ダントン

スタンダールは、ダントンの名前を何回も出している。同じようにフランス革命時代に活躍したロベスピエールとダントンであるが、ダントンは好意的に扱われている。

「あの人はダントンになるだろう!」と長い間ぼんやり夢みたあとで、そうつけ加えた。「ほんとに!革命がまた起きるからかもしれない。...」(第2部 第12章)
死刑の判決を受けたジュリアンの心を描くのにダントンを使っている。

(ダントンは断頭台に上りかけたときに細君のことを思い出して心が乱れたそうだ。しかしダントンはとにかくやくざな青二才ばかありかたまっていた国に力を与え、敵がパリに迫るのを防いだ男である。)(第2部 第42章)






スタンダール 「赤と黒」 12 マチルド その2

はじめジュリアンはマチルドを気にもとめず適当にあしらっていたのだが、マチルドの理性的な恋が数日の間で冷め始めた時に、逆にジュリアンがマチルドとの恋の虜になっていた。

永久の絶交を宣言したその次の晩から、ジュリアンはラ・モール嬢に恋していることを、どうしても自認せずにはいられなくなり、気も狂わんばかりだった。(第2部 第17章)
マチルドは、ジュリアンのことを少し冷めた眼では見ていたが、偶にはジュリアンと親しく会話を交わしたりした。それは、彼女がジュリアンから見向きもされなくなるのではないかという懸念、彼女自分がジュリアンから見下される位置にいるのではないかということ、に追われてのことだった。

しかし、ジュリアンは、マチルドから冷たくされてどうしていいかわからなくなってしまう。

彼のいまの実に率直な、しかしまた実に愚劣な一言が一瞬のうちにすべてを変化させてしまった。マチルドは自分が恋されていることが確かになると、相手を完全にばかにしてしまった。(第2部 第18章)
そんな複雑な恋の心理を見破るには、ジュリアンはあまりにも意気消沈し、ことに、あまりにも心が乱れきっていた。彼女の自分に対する好意などはなおさらのこと、てんで眼にはいらなかった。彼はその好意の犠牲者だったのだ。おそらく彼もかつてこれ以上激しい不幸を経験したことはなかったろう。(第2部 第19章)
不幸のどん底に落ち、自分ではどうすることもできなくなった彼であった。普段の彼であれば到底考えられないことであるが、ロシアの公爵コラゾフに恋の苦しみを打ち明け、コラゾフ公爵から聞いた対処の仕方を半信半疑で従ってみたところからマチルドの態度に変化が起き始める。

コラゾフから言われた通り、ジュリアンはフェルベック夫人に恋文を渡し、人に知られないようにしながら、フェルベック夫人を慕う素振りをしたのである。マチルドには、フェルベック夫人を慕う素振りがわかった。それで、マチルドの心は揺らいでしまった。いままでは、ジュリアンを無視することで優位を保てていたのが、逆に無視されてマチルドはジュリアンを無視できなくなった。

こうした激しい感動のさまを見せられて、ジュリアンはうれしいというよりあきれてしまっていた。マチルドの罵るのを見て、彼はロシア流のやり口がいかに賢明であるかがわかった。(めったにしゃべらず、めったに行動せぬこと、これこそおれ…

スタンダール 「赤と黒」 11 カフェ

赤と黒においては上流階級や僧侶の世界が描かれているのだが、その中で数少なくも庶民の生活を扱うのにスタンダールはカフェを選んでいる。

フランシューコンテからブザンソンへ出てきた時、ジュリアンは神学校へ行く前に町を散策した。

一六七四年の包囲戦の歴史で頭をいっぱにしている彼は、神学校に閉じこもってしまうまえに、城壁や保塁を見ておきたいと思った。(第24章)
ジュリアンはカフェを訪れた。

高い城壁、外堀の深さ、大砲の威嚇的な様子などに、数時間は魂を奪われている形だったが、ふと彼は大通りにある大きなカフェの前を通りかかった。彼は眼を丸くして立ちどまった。(第24章)
カフェの中でジュリアンはカウンターの中にいるアマンダからコーヒーと砂糖とパンをもらい、会話を通して彼女と仲良くなった。カフェの中では、市井の男たちがビリヤードに興じていて、その中の一人、フロックコートの青年とジュリアンはいざこざを起こしそうになる。アマンダが気を利かせてくれたお陰もあり、にらみ合いがあっただけで事なきを得た。









スタンダール 「赤と黒」 10 マチルド

ジュリアンは侯爵のサロンで娘のマチルドに出会う。マチルドは、美しく、才知もある少女であったが、世の中を冷めた目で見ていた。それは、恵まれた境遇に生まれた美貌と理知的な女性が、日々の生活に退屈をし、周囲に集まる人間に退屈をしている姿である。

ほとんどそれと同時に、素晴らしい金髪で、大そう姿のいい若い女が、自分の向かいがわに坐るのを彼は見た。好ましいところはなかったが、よく見ていると、こんなに美しい眼は、かつて見かけたことがないと思うようになった。しかしその眼は恐るべき心の冷ややかさを物語っていた。時がたって、ジュリアンはこの眼には、退屈しのぎにひとの観察をはじめるが、すぐすましていなければならなかったことに気がつく、そういう表情があることを知った。(しかし、レナール夫人の眼も随分きれいだったな。みんながよくほめそやしたものだ。だがこの眼と同じようなところは少しもなかった)とジュリアンは思った。彼はまだ十分世間に慣れていないので、マチルド嬢ーーみんなそう呼んでいたーーの眼の中に、ときどき光るのは、才智の閃きであることがわからなかったのだ。ところが、レナール夫人の眼が輝くのは、情熱のほのおか、それとも何かよからぬ行為に対する義憤の結果であった。(第2部 第2章)
マチルドは才知のある女性であるがために、彼女の周囲に集う青年貴族たちの知性に満足できず、退屈な日々を送っており、そこへ突如ジュリアンが登場したのだった。ジュリアンは、生まれが貴族でないという点を除けば、知性や勇気や気概の点で青年貴族たちよりも優れていた。

彼女は理性による恋をした。彼女の恋にはモデルがあった。それは、一五〇〇年代のマルグリッド・ド・ナヴァールとラ・モールとの悲恋だった。この昔の悲恋物語に自分を重ねることで頭の中に恋を描き出し、それに恋をした。

(ジュリアンとあたしの間には結婚契約の署名もなければ、町方風の式を挙げるための公証人もいらない。何もかもが英雄的で、すべてが英雄的だ。あの人には爵位がないが、それを別にすれば、マルグリッド・ド・ヴァロア当時第一の人物といわれた若いラ・モールを愛したのと同じことだ。)(第2部 第12章)
(熱烈な恋愛もせずに、あたしは十六から二十までの人生で一ばん楽しいはずの時を退屈になやんできた。一ばん楽しい幾年かをもうなくしてしまったーーお母さまのお友達の筋の通らぬ話を聞かさ…

スタンダール 「赤と黒」 9 レナール夫人

ジュリアンとレナール夫人との出会いのシーンは、絵画的で、非常に美しい描写である。

レナール夫人は、男の眼のとどかぬところでは、いつもきまってそうなのだが、きびきびとしかもものやさしく、庭に面した客間の出入窓をひらいて出ようとした、そのとき、まだ子供っぽさのぬけきらぬ一人の年若い田舎者が、真青な、いま泣きやんだばかりの顔をして、入口の扉の前に立っているのを認めた。汚れめのないシャツを着て、紫羅紗のさっぱりした上衣を小脇にかかえている。(第6章)
ジュリアンはレナール家の家庭教師として雇われることになるが、レナール夫人は子供のことを思うばかりに教師がどのような人物であろうかと心配する。ラテン語、僧侶という言葉から、家庭教師に対して恐ろしいイメージを想像してジュリアンを待っていたのである。

レナール夫人はものもいえなかった。二人は非常に近よっておたがいの顔をじっと見つめあっていた。ジュリアンは、こんなりっぱななりをしたひとが、ことにこんな眩しいほどの色艶の婦人が、自分にやさしい言葉をかけてくれたりするのに今まで出会ったことがなかった。夫人の方は、はじめあんなに青かったのが、今こんなにバラ色になった、若い田舎者の双の頬にとまっている大粒の涙を、じっと見つめていた。やがて彼女はすっかり小娘のようにはしゃいで、笑い出した。自分がおかしくなった。そして自分の幸福を、はかりきれないほどだった。まあ何ということだ!醜いなりをした汚らしい坊主がきて、子供たちをしかったり、鞭でぶったりするものだと考えていた、その家庭教師というのが、この少年だ!(第6章)
ジュリアンとレナール夫人は恋愛関係に落ちていく。

(ああ、もう十年前に、ジュリアンを知っていたら、あの頃なら、まだあたしもきれいだといわれていたのだけれど!)
ジュリアンの方では、そんなことは考えもしなかった。彼の恋は、やはり野心から出たものだった。それは、あんなに軽蔑されていた、みじめなあわれむべき彼が、このように気高い、美しい女をわがものにする喜ばしさだった。彼が恋こがれるさまや、恋人の美しさをみて夢中になるところを見て、年齢のちがいを気にしていた夫人も多少安心した。(第16章)






スタンダール 「赤と黒」 8 ヴォルテール

スタンダールは、随所にヴォルテールを引き合いに出して古いもの(伝統・慣習・宗教)を批判する代表としている。フランス革命の前夜に自由思想の下地を作ったヴォルテールの影響が、いかに大きかったのかが改めて感ぜられる。

極端に世間見ずの女に恋愛教育をうけたことは一つの幸福である。ジュリアンは現在あるがままの社会を、じかに見ることができるようになった。彼の頭は昔の、二千年前の社会のーーそれとも単に六十年前の、ヴォルテールやルイ十五世時代の社会のーー物語によってじゃまされることはなかった。(第17章)
「不信心な君なんかは、神さまが、ヴォルテールのように雷でおうちになりそうだからね。」(第27章)
その仕事をすますと、ジュリアンは思い切って、本に近よってみたが、ヴォルテールがそろっているのを見ると、うれしくて気がへんになりそうなくらいだった。(第2部 第2章)
ラ・モール嬢はいつも見つからぬように、父の図書室へそっと本を盗み出しに来るのであった。ジュリアンがいたものだから、その朝せっかく来たのが、何の役にも立たなかったし、その上とりに来たのが、ヴォルテールの『バビロンの王女』の第二巻だったからなおさら残念だった。(第2部 第3章)






スタンダール 「赤と黒」 7 大貴族

神学校校長ピラール師が、神学校内の敵対する勢力から校長を辞職させられた時、ラ・モール侯爵によってパリ近郊の司祭職を与えられた。ピラール師に可愛がられていたジュリアンは一緒にパリへと出て、ラ・モール侯爵の秘書として仕えることになった。

やっと二人が、このりっぱな部屋つづきのうちで一ばん美しくない部屋へやって来た。わずかに日の光がさしこむか、それさえ怪しいくらいである。そこに、金髪の鬘(かずら)をかぶって、鋭い眼つきをした、小柄のやせた男がいた。師はジュリアンの方を振り向いて、彼に引き合わせた。それが侯爵だった。あまり鄭重な態度なものだからジュリアンはなかなか侯爵とは思えなかった。ブレールーオの僧院で、あんなに高慢な面構えをしていた大貴族の面影はもう少しもなかった。(第2部 第2章)
ラ・モール侯爵は、都会の貴族を象徴している。第1部で出てきたレナール氏という地方貴族と対比されるが、知性、優雅さ、財政など全てにおいて優越している。そのラ・モール侯爵が、ジュリアンのことを気に入った。

「この若僧はものになると思う」と侯爵はアカデミシャンにいった。(第2部 第3章)
侯爵は、彼が根気よく働き、寡言で、頭がいいのを見て重宝に重い、解決の困難な事件を全部まかすようになった。(第2部 第5章)
ラ・モール侯爵は、系図が何世代にもさかのぼれる由緒ある生まれで、大臣にもなろうかという有力者でもあった。自分の意で、人を司祭にしたり大使にしたりできるのだが、そういうこともあって自然とそのサロンには人が集まるのであった。

ラ・モール家のみやびやかなサロンに見出されるものは、すべてジュリアンには物めずらしかったが、また一方黒服をきて青白い顔をしたこの青年は、彼のようなものにまで注意を払ってやろうという方々の眼には、実に変な人間に見えたのである。(第2部 第4章)
こんなおもしろくもない世紀においてすら、娯楽を必要とする力は実に大きいので、会食の日でさえ、侯爵がサロンを去るか去らぬに皆逃げてしまうのだ。神や、僧侶や、国王や、地位のある人々や、宮廷の保護をうけている芸術家や、すべてちゃんと位置のきまったものをばかにしたりさえしなければ、またベランジェや、反政府の新聞や、ヴォルテールや、ルソーや、すべて少しでも率直な物言いを認めるようなことを褒めたりさえしなければ、ことに決して政治のことを話しさえしなけれ…

スタンダール 「赤と黒」 6 地方都市の政治

ジュリアンが住んでいたヴェリエールの政治は、上に立つ一部の人たちによる専制政治であった。

事実、この賢明な連中がこの土地でじつにに不愉快な専制政治をしいている。パリとよばれるあの大共和国で生活したものが小都会の暮しがやりきれないのは、この不愉快な言葉のためである。世論の専横は、(しかも何という世論か!)フランスの小都会においても、アメリカ合衆国においても、同様に愚劣なことだ。(第1章)
まもなくこの博識の青年を手に入れようとする競争で、レナール氏か収容所長か、そのどちらかが勝つかということがもっぱらヴェリエール中の問題になった。この両氏は、マスロン氏を加えて三頭政治を形成して久しい年月のあいだ、この町を専制していたのである。(第22章)
フランスの小都市やニュウヨークのような選挙制の治世の不幸なことは世間にはレナール氏のような男が幾人も存在しているという事実を、われわれに思い起させるところにある。人口二万の都会では、こういう人たちが世論をつくるのであって、そしてこの世論は立憲国では恐ろしいものだ。(第23章)
貴族と自由主義者と僧侶によって支配され、三者の力関係のバランスで政治が動いていたようである。これは多分当時のフランスの縮図でもあったのだろう。








スタンダール 「赤と黒」 5 神学生

ジュリアンは、レナール夫人との恋愛がある範囲の人たちに知れるところとなりヴェリエールを去らざるをえなくなる。シェラン氏の計らいでブザンソンにある神学校で学ぶことになる。神学校にいる神学生というのが大多数は農民の出身で、知的精神など少しも垣間見られず、ジュリアンにとっては何の興味もわかない連中であった。

ジュリアンが、彼らの鈍重なトロンとした眼差しから察するのは、食後の満足された生理的欲望か、でなければ、食前の意地ぎたない食欲の楽しみ以外に何もない。ジュリアンが、その中にあって頭角を現そうと決心した、周囲の連中というのは、ざっとこういう連中である。(第26章)
このような者が神学校にいて将来聖職者になっていくのかと思うと、少なからず驚かされる。ところが、これらの神学生の方がジュリアンよりも優れている面があったのである。

実際のところ、彼の日常生活の目ぼしい行為一々賢明にはこんであったのだが、ごく些細な点に関しては、どうも注意が足りなかった。ところが、神学校のしたたかな連中ときては、ただその細かい点をしか見ないのである。だから仲間のあいだでも、彼のことをすでに「傲」と評判していた。何でもない、ごく」些細な行為をやる度に、彼の本性が出たがるのであった。(第26章)
仲間に言わせると、ジュリアンは、「権威」とか模範とかに、盲目的に従おうとはせず、「自分で考え」「自分で判断する」というとんでもない悪癖にそまっている、というのだ。(第26章)
ただ盲目的に教えに従うことが徳とされ、自分で考えてはならないのであった。

数ヶ月のあいだ、一刻もおろそかにしないで努力してみたけれども、やはりまだジュリアンには、「考える」態度が残っているのだった。彼の目の動かし方とか、口元の表情には、どんなことでもやすやすと信じ、たとえ殉教によってでもいっさいを忍ぼうという、絶対的な信仰が出ていないのだ。ジュリアンは、こういう点で、ほかの最も粗野な百姓たちに優位をしめられていることが、腹立たしかった。彼らに「考える」態度のないのは、むりもないことだ。(第26章)







スタンダール 「赤と黒」 4 自由主義者

ジュリアンは、貴族的な人々に軽蔑を持っていたが、自由主義者たちにはもっとひどい感情を抱くようになる。

ジュリアンは、収容所所長ヴァルノ氏の邸宅に招待された。ヴァルノ氏は、レナール氏とは対極にある存在である。貧しい生まれから成功し成金になっている、貴族と対立する自由派の代表でもある。収容所所長という立場を利用して公金を横領し、富裕な自由主義者となっているのである。

ヴァルノ氏の邸宅に招待された自由派の人々は、不正を働いてその地位を勝ち取っていた。そこにいる人々の中に、ジュリアンは人間として下品なものを見て取り嫌悪感を抱き軽蔑するのである。

「(ああいやな奴!下品な奴!)と、彼は冷たい空気を呼吸する快感にひたりながら、三四度小声で罵った。」(第22章)
「この瞬間の彼はまったく貴族的になっていた。ながいあいだレナール氏のところで家人からうける礼節の底に、いつも人を馬鹿にした冷笑と尊大な優越感を認めて、あれほど不愉快にされていたそのジュリアンであったが。彼はいま極端な相違を感じないわけには行かなかった。そこを遠ざかっていきながら彼はつぶやくのだ。(たとえ囚人たちから金を盗んでおいて、しかも歌をうたうことすら禁じたということを、忘れてやるとしてもだ!レナール氏がお客にブドウ酒をすすめながら、これは一瓶いくらと一々言ったことがかりそめにもあっただろうか。あのヴァルノといったら、持物の地所を列挙する時に ー しょっちゅう話がそこに行くのだが ー そのときに細君が傍にいると、自分の家や土地のことを、「お前の」家、「お前の」土地と言わずにはしゃべれない。)」(第22章)
「なんという人々の集りなんだろう。彼等が不正なことをしてえているすべてのものの、その半分をくれるといってもおれはあんなやつらといっしょに生活することは御免だ!いつかおれの本性のばれる日がある。彼らにたいしてきっと感じる侮蔑感を外に出さないで辛抱することができないだろうから。」(第22章)








スタンダール 「赤と黒」 3 司教

国王陛下が行幸され、ヴェリエールを通ってブレールーオに安置された有名な聖クレマンの遺骨に参拝することになった。祭典が催され、アグドの司教とともに元司祭のシェラン師も参列する。ジュリアンは、シェラン師の副助祭として同席することができた。こうしてジュリアンは若い司教と接する機会を得る。

「ジュリアンはこんな壮麗な儀式を目のあたりに見て感激のあまりただぼんやりしていた。司教の年の若さを見て目覚めた野心、そのひとの感じの細やかさ、気持ちのいい上品さ、そういうものが彼の心をすっかりかき乱していた。」(第18章)
「彼はもうナポレオンや武勲のことなど思ってもいなかった。(あんなに若くって、アグドの司教なんだ!だがアグドっていったいどこだろう?そしてあれでいくらの収入があるんだろう?おそらく二三十万フランかな)」(第18章)
もう軍人として出世できる時代ではないと気がつき、僧侶を志していたわけであるが、若い司教と接してその気持ちをもっとはっきりと認識したのである。そして、あんなに崇拝しているナポレオンのことさえ忘れてしまった。








スタンダール 「赤と黒」 2 ロベスピエール

ジュリアンと社会の関係が知れる一節が第9章にある。

ジュリアンは冷やかに、無上の侮辱を浮かべた眼で、彼女をじっと見た。
この眼つきにデルヴィール夫人は驚いた。もし彼女が、その真の意味を見抜いたら、なお一そう驚いたことだろう。彼女はそこに世にも恐るべき復讐の漠たる希望のごときものを読みとりえたかも知れない。疑いもなく、かかる屈辱の瞬間がロベスピエールのごとき人物を生んだのである。(第9章)
ジュリアンのレナールに対する心理を描いた部分である。この心理は、レナール氏に向けた心情であるが、同時に上流階級への侮蔑でもある。
ロベスピエールを出すことで、ジュリアンの才能や性格や行く末の暗示を感じる。

ナポレオン没落後、ヴェリエールのほとんどすべての家の表構えが改築されたといわれるくらい、一般に暮らしが楽になったのは、ミュルーズ出来と称するまがいのさらさ製造のおかげであろう。(第1章)
とあるように、革命やナポレオンの時代が過ぎ社会は安定し、さらに産業革命がフランスにも訪れようとしており世の中は豊かさを取り戻している。しかし、彼らの豊かさを奪う革命やナポレオンのことを忘れずに恐れており、それらを引き起こすジュリアンのような人間を恐れているのである。

レナール夫人はジュリアンの言葉に、どぎもを抜かれていた。というのは、社交界の人々から、ことにこういう下層階級に生まれて、あまり高等な教育を受けた青年の間から、またロベスピエールのような奴が出るかも知れぬ、とよく聞かされていたからである。(第17章)
僧侶の側でもロベスピエールのような人間に対して同じような考えを持っている。

わたしの母は、この尊いお堂の中で貸椅子屋を世渡りをしていたのだ。ロベスピエールの恐怖政治がきて、わたし達はすっかり貧乏になった。その当時わたしはまだ八つであったが、もうちゃんと信者の宅でミサのお勤めができた。そしてミサの日には、ごちそうになった。わたしは誰よりも上手に、法衣をたたむことができた。けっして飾紐を切ったりすることはなかった。その後、ナポレオンのおかげで信仰が復興された頃から、わたしは、ありがたいことにも、この尊い御本山で万事を切りまわす地位につくようになったのだ。(第27章)






スタンダール 「赤と黒」 1 上流階級

スタンダールの「赤と黒」(岩波文庫 桑原武夫、生島遼一訳)を読んでいる。


物語の舞台は、スイス国境に近いフランスのフランシューコンテ地方にある小さな町ヴェリエール(注釈によると空想の町。)1830年代の王政復古の時代。

ヴェリエール町長レナール氏とレナール夫人との会話の中で、主人公のジュリアンがレナール氏の子供たちの家庭教師候補として登場する。ジュリアンは、製板所を営むソレルの末息子である。製板所という家業からすると非常に珍しいことに、ジュリアンはラテン語ができるため、家庭教師候補に選ばれたのである。

レナール氏とジュリアンは雇う側と雇われる側という関係であるが、それ以上に彼らが属している階級を代表している点が重要で、特にジュリアンから見た心理面が描かれていて面白い。

レナール氏は貴族であり上流階級に属する。レナール氏を代表として描かれている上流階級は、金銭と権威だけが関心事で、知的創造性に乏しい、もはや社会を牽引する力が無くしている。

これに対してジュリアンは職人階級に属す。普通ならば肉体労働に一生を費やすところである。(それは、彼の父や兄たちの姿を見ればよくわかる。)しかし、たまたま知人の老軍医から好意を寄せられてラテン語という教育の機会を与えられた。ラテン語を通じて、いくつかの書物を読み、ジュリアンが持っていた大きな精神的エネルギーが貧しさをバネとして開花し、出世という野心にそのエネルギーが注がれることになる。

社会を動かす精神的なエネルギーは上流階級にはないということを、ジュリアンは明確には認識はしていないが、上流階級のことを憎み軽蔑し、心のどこかで感じている。

時代は、ナポレオンが没落した後のことで、ナポレオンの影が物語に色濃く影響を与えている。それは、ジュリアンがナポレオンを崇拝しているにもかかわらず、そのことを隠そうとしていることからもうかがえる。ジュリアンは、ナポレオンが象徴するような「出世」をすることを望むが、ナポレオン没落後に軍人としての出世は望み薄であり、代わって僧侶として「出世」しようともくろんでいるのである。

故郷を嫌い、上流階級を軽蔑し、自身の出世しか考えていないジュリアンが、レナール夫人との恋愛に
落ちていく。最初は自分の野心からでたものであったが、次第に本当の恋愛になっていく。