スタンダール 「赤と黒」 10 マチルド

ジュリアンは侯爵のサロンで娘のマチルドに出会う。マチルドは、美しく、才知もある少女であったが、世の中を冷めた目で見ていた。それは、恵まれた境遇に生まれた美貌と理知的な女性が、日々の生活に退屈をし、周囲に集まる人間に退屈をしている姿である。

ほとんどそれと同時に、素晴らしい金髪で、大そう姿のいい若い女が、自分の向かいがわに坐るのを彼は見た。好ましいところはなかったが、よく見ていると、こんなに美しい眼は、かつて見かけたことがないと思うようになった。しかしその眼は恐るべき心の冷ややかさを物語っていた。時がたって、ジュリアンはこの眼には、退屈しのぎにひとの観察をはじめるが、すぐすましていなければならなかったことに気がつく、そういう表情があることを知った。(しかし、レナール夫人の眼も随分きれいだったな。みんながよくほめそやしたものだ。だがこの眼と同じようなところは少しもなかった)とジュリアンは思った。彼はまだ十分世間に慣れていないので、マチルド嬢ーーみんなそう呼んでいたーーの眼の中に、ときどき光るのは、才智の閃きであることがわからなかったのだ。ところが、レナール夫人の眼が輝くのは、情熱のほのおか、それとも何かよからぬ行為に対する義憤の結果であった。(第2部 第2章)

マチルドは才知のある女性であるがために、彼女の周囲に集う青年貴族たちの知性に満足できず、退屈な日々を送っており、そこへ突如ジュリアンが登場したのだった。ジュリアンは、生まれが貴族でないという点を除けば、知性や勇気や気概の点で青年貴族たちよりも優れていた。

彼女は理性による恋をした。彼女の恋にはモデルがあった。それは、一五〇〇年代のマルグリッド・ド・ナヴァールとラ・モールとの悲恋だった。この昔の悲恋物語に自分を重ねることで頭の中に恋を描き出し、それに恋をした。

(ジュリアンとあたしの間には結婚契約の署名もなければ、町方風の式を挙げるための公証人もいらない。何もかもが英雄的で、すべてが英雄的だ。あの人には爵位がないが、それを別にすれば、マルグリッド・ド・ヴァロア当時第一の人物といわれた若いラ・モールを愛したのと同じことだ。)(第2部 第12章)

(熱烈な恋愛もせずに、あたしは十六から二十までの人生で一ばん楽しいはずの時を退屈になやんできた。一ばん楽しい幾年かをもうなくしてしまったーーお母さまのお友達の筋の通らぬ話を聞かされる他に、何一つ楽しみということもなく。)(第2部 第12章)

彼女は、古い時代にはあったが既に失われつつある貴族的なものを探していた。彼女自身とジュリアンとの関係にそれを見出したのであった。








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