投稿

7月, 2018の投稿を表示しています

安部公房 「砂の女」

男は、昆虫採集のために訪れた駅を出た後、失踪してしまう。 男は、新種の昆虫の発見者となって、虫の名前に自分を刻みたいと考えていた。昆虫マニアは大勢いて、しらみ潰しに探されているのだから、普通の虫では到底無理である。だから、人が興味を持たない虫を扱う必要があったのだ。砂丘に棲むハンミョウを探すのが、その寂しい部落(著者がそう書いているので、ここでもそう記す)に入った理由であった。 一日海岸の砂丘(部落から海に向かって砂は次第に盛り上がっていた)を駆け回ったが、目的の虫は見つからず、仕方なく引き上げようとすると、部落の者が寄ってきて、今夜の宿を紹介してくれるという。それで、男は、女が住む家に入ったのである。しかし、それから、男は、その家から外に出られなくなった。 その家は高さ数十メートルの砂の山に囲まれて、家に入るにも、まず縄梯子で地上に降りる必要があった。飛び砂が海風に吹き寄せられて、部落の海側には砂丘が聳え立っていた。砂に作られた蟻地獄の巣のように、各住戸の周囲だけ砂丘に穴が開いて、家が立っていた。砂は毎日毎時間休みなく吹き寄せるから、住戸に住む家族は、雪掻きや雪下ろしの如く、砂を掬っては穴の外へ運び出さねばならない。重労働である。女一人で家を砂から守って行くのは到底無理であった。だから男が部落の者によって騙されて連れてこられ、以降、ずっと砂掻きを手伝わされたのだった。 部落にとっても、一軒一軒の家が砂にうずもれて消えてしまわないように注意することは死活問題であった。一軒が砂の中に消えるのは、防波堤が綻びることであり、それは部落全体の消滅を意味した。部落にはかつてはもっと人がいたのであるが、余裕のある者、自分の力で外の世界で生きられる者は、部落から逃げ出していた。役所はそんな貧しい所の面倒は見てくれなかった。結局部落は世の中から見捨てられた存在となっていた。自分たちの命は自分たちで守るしかないから、男を監禁してまで砂の家を守らせたのであった。 男が入れられた家に住んでいた砂の女は、家族も頼る者も持たず、見捨てられた部落にすがって生きるしかない存在であった。 書き出しの章で昆虫採集という趣味に囚われる男の性癖が婉曲に語られ、読者は男にひ弱な印象を植え付けられるのだけれども、その予想に反して、男は強靭な意志を持っていた。何度も砂の家から逃げ出すが