コンラッド 「闇の奥」 5 クルツとの対面

いよいよクルツとの対面ーー原住民たちに担架で担がれたまま、やせ衰えた姿を見せた。背丈は7フィート、鳥籠のような肋骨が浮き出している。病によってやつれ、自分ではもう歩けない状態になりながらも、彼の精神は未だに恐ろしいほどに力強くその体の中に居座っていた。彼の精神は、目の輝きと、驚くほどの響きをもった声の中に現れていた。

なにか奇怪な、痙攣でも起きたように肯く骨張った顔からは、落ち窪んだ亡霊の瞳が暗鬱な光を帯びて輝いていた。(p124)

だが、それよりも僕を驚倒させたのは、あの全く無造作に、ほとんど唇一つ動かさないで発した彼の声の音量だった。声!声! それは実に厳粛に、沈痛に、そして朗々として響いた。(p125)

クルツを看護するために、そしてヨーロッパへと連れ帰るために、彼を小さな船室へと担ぎ込んだ。原住民たちは森へと帰っていった。

しかし、クルツはヨーロッパへ帰るつもりはなかった。

だが、最初は自分で自分の眼が信じられなかった。ーーあまりにもありうべからざることに思えたからだ。つっまり、そのとき僕の気力もなにも奪ってしまったのは、いわば全く空虚な驚きーー現実の肉体的危険とは全然無関係な、純粋に抽象的な恐怖だったのだ。だが、なぜ僕はこの感情に心もなにも縛られてしまったのだろう。ーーそうだ、なんと言ったらいいか、ーーいわばそれは、僕の受けた精神的打撃、たとえばなにか思ってもたまらない、そしてまた憎むべき悖徳が、突如として僕の魂の上に押しつけられたとでもいうような、そうした恐ろしい打撃がそうさせたのだ。(p133)

皆が寝静まると彼は船室から抜け出し、衰弱しきって歩けないため、這い蹲りながら森へと戻っていった。それは、彷徨う亡霊の姿であった。そうまでしても、彼には自己の欲望を満たしたいという衝動があった。マーロウはその人間の心の奥に潜む自我の凄まじさに恐れ戦いたのだろう。

「闇の奥」 岩波書店 コンラッド著 中野好夫訳





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