スタンダール 「赤と黒」 9 レナール夫人

ジュリアンとレナール夫人との出会いのシーンは、絵画的で、非常に美しい描写である。

レナール夫人は、男の眼のとどかぬところでは、いつもきまってそうなのだが、きびきびとしかもものやさしく、庭に面した客間の出入窓をひらいて出ようとした、そのとき、まだ子供っぽさのぬけきらぬ一人の年若い田舎者が、真青な、いま泣きやんだばかりの顔をして、入口の扉の前に立っているのを認めた。汚れめのないシャツを着て、紫羅紗のさっぱりした上衣を小脇にかかえている。(第6章)

ジュリアンはレナール家の家庭教師として雇われることになるが、レナール夫人は子供のことを思うばかりに教師がどのような人物であろうかと心配する。ラテン語、僧侶という言葉から、家庭教師に対して恐ろしいイメージを想像してジュリアンを待っていたのである。

レナール夫人はものもいえなかった。二人は非常に近よっておたがいの顔をじっと見つめあっていた。ジュリアンは、こんなりっぱななりをしたひとが、ことにこんな眩しいほどの色艶の婦人が、自分にやさしい言葉をかけてくれたりするのに今まで出会ったことがなかった。夫人の方は、はじめあんなに青かったのが、今こんなにバラ色になった、若い田舎者の双の頬にとまっている大粒の涙を、じっと見つめていた。やがて彼女はすっかり小娘のようにはしゃいで、笑い出した。自分がおかしくなった。そして自分の幸福を、はかりきれないほどだった。まあ何ということだ!醜いなりをした汚らしい坊主がきて、子供たちをしかったり、鞭でぶったりするものだと考えていた、その家庭教師というのが、この少年だ!(第6章)

ジュリアンとレナール夫人は恋愛関係に落ちていく。

(ああ、もう十年前に、ジュリアンを知っていたら、あの頃なら、まだあたしもきれいだといわれていたのだけれど!)
ジュリアンの方では、そんなことは考えもしなかった。彼の恋は、やはり野心から出たものだった。それは、あんなに軽蔑されていた、みじめなあわれむべき彼が、このように気高い、美しい女をわがものにする喜ばしさだった。彼が恋こがれるさまや、恋人の美しさをみて夢中になるところを見て、年齢のちがいを気にしていた夫人も多少安心した。(第16章)







コメント

このブログの人気の投稿

フレイザー 「金枝篇」 ネミの祭司と神殺し

ヴォルテール 「カンディード」 自分の庭を耕すこと

安部公房 「デンドロカカリヤ」 意味の喪失