投稿

3月, 2009の投稿を表示しています

Steven Pinker, "The Stuff of Thought" 2  様々な理論

ピンカーの紹介によると、何故人は言語を習得し自由自在に操れるようになるのかという問題に対して、様々な理論が提唱されているようである。以下のものは、ピンカーが依って立つConceptual Semantics理論、人はある程度の言葉の枠組みを持って生まれてくる、というものを説明するときに、意味するところを際立たせるために例示される極端な理論である。 Jerry FodorというMITの学者が唱えたExtreme Nativism理論に、人は生まれつき5万語の言葉・意味を持っているというものがある。5万語というのは、人が大体持っている語彙の数である。人は生まれつき言語を持っていて、親から教わらなくとも自然に言葉を話せるようになるのだというのだそうである。 Radical Pragmatics理論というものもある。これは、言葉の意味は文脈において自由に変化するのだが、逆に言葉は固定の意味を持ち得ないというものである。 Linguistic Determinism理論では、人の言葉で思考に影響を与えないものはありえないという考え方である。これは前の2つと違いかなり強力な理論で、ピンカーはこれに反論するためにかなりの紙面を使っている。言語が思考に影響を与えるとしたら、ある言語を使っている人よりも別の言語を使っている人のほうが何か優秀な点が存在することになりそうだが、そういうことはないようである。 少し横道に逸れてしまうが、Linguistic Determinismに関する最もわかりやすく頭を悩ませる議論は、アマゾン地方に住む原住民が持つ数の理論である。アマゾンに住む彼らには、1と2しか数が無く、それ以上大きいものは全て「多数」になってしまう。これは言語が思考に与えている影響の最たるものではないかというのである。 数に関する議論は、アマゾンの原住民だけの話ではなく我々にも関係していて、非常に面白い内容である。アマゾンの原住民が数を持たないのは、我々であれば数を使って管理するような場面で、彼らは個別識別のやり方を取っているからのようである。例えば、狩猟に使う矢であるが、彼らは個別の矢を全て識別できしかも全て記憶しているから、1つの矢が無くなると、数を数えることなしにどの矢がなくなったのかをすぐに判別できるのである。 逆に我々が物

Steven Pinker, "The Stuff of Thought" 1 生まれながらにして言葉の人

ハーバード大学心理学部の教授スティーヴン・ピンカーによる言語学と認知科学に関する著作である。扱っている題材は非常に高度であるが、ピンカーによって明快で簡略に、そして面白く説明されていき、読んでいて全く飽きが来ない優れて知的な本である。 ピンカーが言語学に取り組むのは、言語が人の本性を明らかに見せてくれる窓のような役割を果たすと彼が考えるからである。言語を研究していくと人の思考方法が分析できるようになるのだが、それだけではなく人が先天的に持っている能力、思考・言語の枠組みのようなものが見えてくるのである。 何故人は言葉を話せるようになるのか、それは人が生まれながらにして言語の枠組みを有しているからである。まっさらの状態で生まれた子供が、親や周囲の者たちが会話する言葉を聞きながら母国語を習得していくが、その裏には言葉一つ一つの意味を掴み取りし、さらに言語の持つ文法規則を理解する必要がある。この能力を人は生まれながらにして持っているというのである。であるから、子供が生まれた時には既にまっさらの状態ではなく、特定の言語は持っていないが、言語を理解するための枠組みを持っているのである。 これは実に驚くべき事実である。人は生まれながらにして言葉のものである。まさに感嘆するしかない、心を揺り動かされる考えである。 たとえば九官鳥のような動物は人の言葉に似たような発音をすることができたとしても、文法を理解することはできない、それは動物には言語の枠組みがないからである。 この考え方には哲学の裏づけがあり、それはカントにまで源を辿ることができる実に奥深いものである。人には生来備わっている a prioriなものがあるのだと。いったいいくつのa prioriがあるのだろうか。 "The Stuff of thought", Steven Pinker, Penguine Books,