スペードの女王 1 伯爵夫人と三枚の骨牌(カルタ)

スペードの女王 プーシキン著

ロシアの都ペテルブルグが舞台。若い士官たちが近衛騎兵士官ナルーモフの所に集まり、トランプで賭けながらロシアの長く厳しい冬の夜を過ごしていた。ロシアに帰化したドイツ人を父に持つ工兵士官ゲルマンもその場にいたが、倹約家である彼は賭け事が好きであっても賭には参加せず脇で見ているだけであった。

たとえば、彼が心からの賭博好きでありながら、まだ一度も骨牌(かるた)札に手も触れないのは、「余分な金を手に入れようとして、入用な金を投げ出す」ほどの身代ではないと、口にも出し、また自分にも思い込んでいたからである。その癖、夜通し骨牌(かるた)卓の前を離れずに、転変極まりない勝負のさまを、熱っぽい眸でただわくわくと追っているのであった。(第2章)

トランプで一夜を明かし、そろそろ寄り合いもお開きにしようとする時、年老いたアンナ・フェドトヴナ伯爵夫人にまつわる賭け事の噂になった。それは次のようなものであった。

60年前、伯爵夫人はパリに滞在していたが、パリ中の上流階級が追い回すほどの人気であった。ある日、伯爵夫人は宮中にてオルレアン公相手にトランプで大敗を喫した。伯爵に払ってもらえなかった彼女は、負けたお金の工面に奔走し、ついにサン・ジェルマンに相談したところ、トランプの秘伝を授けられた。次にヴェルサイユで開かれた大会で、彼女はオルレアン公相手に、トランプを闘わせた。3枚の札を選び、1枚1枚賭けていき、負けを見事に返してしまった。しかし、今に至るまでその秘伝はわかっていないということであった。

賭け事が好きで集まっていた士官たちである。この噂話を聞いて、関心を示さぬ者はなかったが、皆は口々に嘘だとかまぐれだとか理由をつけた。ゲルマンはというと、その場では気のない発言をしたが、その実、この話を聞いて以来この話が頭から離れず、いてもたってもいられなくなった。

三枚の骨牌(かるた)の話は、著しく彼の空想を刺激して、一晩中頭を去らなかった。「若し、ひょっとして」と、彼はその翌る日ペテルブルグの街をさまよいながら考えた、「若し、ひょっとしてあの年寄りの伯爵夫人が、この俺に秘伝を明かして呉れたら。さもなければ、ただ三枚の勝ち札だけでも教えて呉れたら。」(第2章)

お金のことに心を奪われペテルブルグを彷徨い歩くゲルマンの姿は、ドストエフスキー著「罪と罰」のラスコーリニコフを思い起こさせる。

「スペードの女王・ベールキン物語」 岩波文庫 プーシキン著 神西清訳



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