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スチーヴンスン 「新アラビア夜話」 心の闇

ボヘミアの王子フロリゼルが19世紀末ロンドンを舞台に活躍する冒険談。フロリゼルは、世界の首都として繁栄するロンドンの街で冒険を繰り広げる。 「自殺クラブ」、「ラージャのダイヤモンド」という大きな2つのテーマを7つの小物語で描いている。一つ一つの小物語は、前の小物語の続編ではあるけど、市井の人々が代わる代わる主人公として登場することで、視点が変わり、ストーリー描写にも微妙な起伏が現れ、読んでいて飽きのこない物語の仕掛けになっている。 19世紀末、世界の首都ロンドンは、繁栄すればするほど、闇の面も濃く暗くなっていたのである。「自殺」、「ダイヤモンド」というテーマは、それらは死や欲望となって人々の前に突きつけられるが、人間の心の闇につながっている。 フロリゼル王子は、酒場で周囲の人々にクリームタルト・パイを差し出す若い男性を見つける。彼は、薄弱な理由ではあるが、生きる気力を失って自殺を決意し、この世との別れに最後の馬鹿な真似をしていたところであった。クリームタルト・パイを配り終わると、これから「自殺クラブ」へ行くという。フロリゼル王子は好奇心を抑えることができず、お供の大佐の進言も聞かず、「自殺クラブ」へ同行し入会までしてしまう。 「自殺クラブ」は、生きる気力を失った人々が集まり、トランプ・ゲームで決まった者同士が、互いの自殺を助け合うところだった。楽な自殺を遂げられると聞いて集まってきた者は、人を殺す手伝いをすることになる。しかし、一度クラブへ入会した者は契約書に誓約しているので、クラブから抜けることも出来ず、他人を殺すことを拒否することも、クラブの存在を公にすることもできなかった。 物質面の繁栄が大きければ大きいほど、精神面の闇は底知れぬ深淵をのぞかせる。自殺願望が無いが、死の恐怖によるスリルを味わいたいがために「自殺クラブ」へ集うマルサス氏、彼こそは歪んだ社会の象徴的な存在である。 フロリゼル王子はあらゆる才芸に長け、人柄は人間の魅力に満ち、思慮深く、上下あらゆる階層の人々の人気を集めるほどであったが、そういう人物をしても「自殺」や「ダイヤモンド」によって道を誤るのである。最高の人をしても人の心の闇は依然として深く暗い。いやむしろ、生を最高に充実して生きている人であるからこそ、死の緊張感がもたらす刺激に魅せられ「自殺クラブ」へと自ら足を運んで