Steinbeck, "East of Eden" (エデンの東) 9 サミュエル

サミュエル・ハミルトンは、アイルランド移民1世で、遅れてアメリカへやって来た人々に属した。遅れてきたというのは、既に良い土地は先に来た移民達に配分されてしまい、残っていたのは水がない場所だった。農場を営むためには水が必須だったが、彼の場所には水は望めなかった。農場からの上がりで豊かになることは出来なかった。それでも精力的に仕事に励む人だった。

サミュエルは、アイルランド人らしい機知に富んだ陽気な話をする人で、誰にでも好かれるタイプであった。また、知的好奇心に溢れた、本の虫でもあった。高等教育は受けていないようではあるが、周囲の労働者階級の人々に嫌悪感を与えないように密かにではあったが知的な人間として生きていた。農場の経営の傍ら、器用さで持って鍛冶仕事をして周辺の者の役に立っていた。鍛冶の延長で、持ち前の才能を使って多くの発明をしたが、商売には結びつかず貧乏のままであった。しかし、彼には経済的な成功は一番大切なことではなかった。

妻リザは現実的な人で、夢を追いかけているサミュエルとは対照的な人物だった。毎日の労働は、それを誰かがやらなければならないから、自分で引き受けていた。毎日の聖書と祈りもやるべき事であるから欠かさず実行していた。物事の意味を追究するサミュエルとは、こういう面でも対照的であった。

二人の間には子供がたくさんあった。二人はたくさんの子供たちを実に立派に育て上げた。子供たちの一人、オリーブが著者の母親である。二人の過ごしてきた軌跡は、その時代の良心的な人々の代表例のように感じられる。

アダムがサリナスへ来て井戸を掘って欲しいと頼んだときから、サミュエルとアダムの交流が始まった。同時に、サミュエルとリーの友情も始まった。サミュエルは、片言の英語しか話さないリーの内側に知的なきらめきを感じ、リーの本当の姿を見抜いた。

キャシーが家出するまでのアダムは自分の園を作り上げることに情熱を燃やし、サミュエルも息子のトムと共に自分の発明を使って井戸の掘削に精力を注いだ。しかし、キャシーの家出と共にアダムの情熱は消え、サミュエルの努力も絶えることになった。

サミュエルがキャシーを見たときに、彼は悪寒が走るのを感じた。幼い頃に父親にロンドンへ連れられて行った時に見た死刑の様子を思い出した。それは怖い記憶だった。キャシーの目は、その日に幼いサミュエルが見た死刑囚の目を思い起こさせた。サミュエルは、キャシーの本当の姿を見抜くことが出来たのだった。

サミュエルは、労働者階級に属していたが知的な精神を持ち、良心的な生き方とアイルランド的な陽気さとで周囲の者に愛され、素晴らしい子供たちを育て上げた。

"East of Eden", Penguin Books, John Steinbeck



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