ポール・クルーグマン 「さっさと不況を終わらせろ」

本著に於いて、クルーグマンは、2008年金融危機を端緒としたアメリカの長期経済停滞をいかに脱してあるべき経済成長へと回復させるべきかを説いている。

経済停滞は様々な苦痛をもたらすが、もっとも深刻なものが失業問題である。職が無い人は、所得が無いからだけでなく、職業に就けないことを自分の価値の低下に感じることから、非常な苦しみを強いられる。人は職業を通じて、自らの社会における存在価値を確認して生きている。だからこそ、大量の失業は、大きな悲劇である。

本人の問題でなく経済停滞が原因であったとしても、長期の失業は、職業的なスキルを低下させ、また長期に職に就いていないという理由から雇うに不適当な者と見做されてしまうこともある。特に若者の失業は深刻である。長期経済停滞で、一度も職に就けないまま、スキルを身につけることもできず、雇うに不適当な存在と見做され、これが一生続くのである。好況と不況の時期に社会に出た若者の人生を調査すると、好況の時期に社会に出たものの方が出世し経済的にも裕福な生活を送っているのである。

では、長期経済停滞の理由は何かというと、それは消費者、事業者、政府が十分なお金を使っていないことからきているのである。技術も生産能力もあるのに、需要が不足しているというのである。そして対策はというと、需要を十分に大きい規模に増やせば、社会全体は技術も生産能力も有しているので自然に回り始めるというのである。そして、需要を増やすのは政府の役目である。これは、ケインズが20世紀初頭に説いた話と同じである。

この意見に対する態度は、様々であるが、当たり前すぎて不況への解答になっていないとか、不十分な需要で世界全体が苦しむのはありえないと否定する。そもそも人々は自らの所得を何かに使わざるを得ないのであるから、需要不足が起きる筈が無いというのである。

この意見に対してクルーグマンの出した「子守り協同組合」のアナロジーは、社会経済構造の要点を的確に説明しており面白い。社会全体の心理が悪化すると需要が不足するのである。:

若い議会職員(約150組)が、ベビーシッター代を節約するために、交代でお互いの子供の面倒を見る仕組みを作ったのである。互いが公平に子守を受け持つように、クーポン制にしてあった。子守をしてもらうときにクーポンを相手に渡し、自分が子守をするとクーポンを受け取る、そして、初めに受け取るクーポン数を脱退するときに返すのである。ところが、クーポン制にしたせいで、手持ちのクーポン数を気にするようになった。いざという用事にクーポンを取っておきたいために、それまでであれば頼んでいた子守の依頼を控えるようになったのである。皆が子守の依頼を控えることで、クーポンが回転しなくなり、手持ちのクーポン数が少ない者は一層子守の依頼を控えるようになった。こうして、子守協同組合が機能しなくなったのである。この子守協同組合は、クーポンを増刷して増やすことで、参加者の心理を変化させ需要が出るようにしたところ見事に改善した。

これはつまり以下のわかりやすい特徴を説明している。

あなたの支出はぼくの収入であり、ぼくの支出はあなたの収入になる

単純明快なことであるが、現実の社会経済で世界規模にやるとなると難しい。現実には、事業者も消費者も不景気な状況でお金を使いたがらないので、需要を回復するには政府が大きな支出をするしかない。政府は普通政策金利(公定歩合)を下げることでお金の流通量を増やすが、政策金利が0%に近いと、0%を切って金利を下げることができない。であるから、もっと広範囲に金融緩和を行い、政府支出を増やすべきだというのである。





「さっさと不況を終わらせろ」 早川書房 クルーグマン著 山形浩生訳 






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