小林秀雄 「本居宣長」(上)(下) 2 藤樹と仁斎

江戸初期の儒学者中江藤樹は、それまでの学問から離れ新学問を始めた人の最初であった。新学問を始めた人々には、伊藤仁斎(「語孟」)、契沖(「万葉」)、荻生徂徠(「六経」)、賀茂真淵(「万葉」)、本居宣長(「古事記」)などがいた。

全くの門外漢であるため、これらの人々のことを説明する力は無いのだが、本居宣長へ至る学問の水脈を感じるという意味で、著者による解説を少しだけ紹介したいと思う。

藤樹の論語に対する態度は次のように説明されている。論語を読むと、道に関する孔子の豊かな発言があり、それは読む者の耳に心地よく響くが、多岐多様に渡り、読む者によって様々に解釈がされてしまう。この曖昧さや不安定さを取り除こうとして、孔子の説く道の根本とは何なのかを分析的に探求していくと言説の外に出てしまう。そこで藤樹は、

「無言トハ無声無臭ノ道真ナリ」

と考えるに至った。道は理を以って言い表すことができないということであろう。では、どうするのか。結局ただ読む者の力量だけが、論語の紙背へと光を当てるのである。

道を求めることが、当時の学問であった。藤樹の弟子、荻生徂徠は、

「学問は歴史に極まり候事ニ候」

と言い切り、人生如何に生きるべきかということは歴史を深く知ることにある、と信ずるに至ったという。

道は明らかには見えて来ない。(中略)道という言葉がそれが為に、無意味になるわけでもない。「言ハ道ヲ載セテ遷ル」のである。道は何も載せても遷(うつ)らぬ。道は「古今ヲ貫透スル」と徂徠は考えた。(p.114)

歴史の中に貫透して変わらぬものを読みことであろう。

「本居宣長」上・下 新潮文庫 小林秀雄著



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