Paul Krugman, "The Great Unravelling"

アメリカ・プリンストン大学の著名な経済学者ポール・クルーグマンがThe New York Timesに掲載したコラムを集めて編集しなおした本である。時間の流れではなく、内容の関連性からコラムを並べなおして、大きな流れを追いかけることが出来るようにまとめ、アメリカ政治・経済の問題点を鋭い論調で明らかにしている。


ブッシュ政権は、選挙の時点では経済分野において穏健なスタンスで自由市場重視を取ると考えられていた。しかし、政権を取ると、国民への説明は自由市場主義を標榜しているものの、実際には経済政策には無関心で、報奨人事、身内優遇、保守党基盤優遇という政策を取っている。

国や国民のための政治ではなく、身内や保守党のための政治になっているのではないか。

大幅な減税を断行したが、事前の政策説明では、大幅減税は市場経済を活性化するというものであった。しかし、財源が足りないという理由で、減税の幅は縮小され結局一部の富裕層のみに税金が還付されるものとなっている。大部分を占める中流層以下は無視され、従って市場活性化には程遠い政策となっている。優遇された富裕層は、保守党の基盤である。

2001.9.11のテロの後に、国内の保安体制強化が為されなかった。本当に必要な政策は後回しにされ、富裕層への減税が優先された。

保守党を選挙中に支援し貢献した企業や、ブッシュ大統領やチェイニー副大統領が個人的につながりのある考えられる企業には、ブッシュ政権が誕生して以来様々な報奨が与えられている。イラク戦争の際に、チェイニー副大統領が関係しているハリバートン社がイラクでの政府関連事業を受注したのは、そのことを最も良く表した例である。

民主党が基盤とするのは東海岸、西海岸の大都市圏の州で、逆に共和党が基盤とするのは中西部、南部の人口の比較的少ない州である。ブッシュ政権が行う連邦政府からの補助金交付は、上院議員数を考慮した比率で行われるため、共和党が基盤とする中小規模の州への補助金交付が大都市圏の州よりも厚くなる傾向にある。大都市圏に厚くすべき交付金までがこういうやり方で行われるのは、保守党基盤優遇の一面ではないか。


アメリカのメディアは、ブッシュ政権に不利な情報を流さないようになっている。例えば、イラク戦争の際に、戦争の初期にアメリカ軍がイラクへ進軍する場面は華々しく報道されたが、バグダッド陥落後に戦闘がゲリラ戦の様相を示し、アメリカ軍兵士の被害が増えるようになるとイラク関係の報道はぱったりと無くなった。政権に都合の良いことだけが報道され、不利な情報は報道されない。こうして、報道が偏った状態で行われ、国民には誤った情報が伝えられている。イラク戦争中、アメリカの多くの国民は、報道内容の中立性からイギリスBBCを視聴したが、これもこの事態を示す一例であろう。どうしてこういう状況になるのか。政権はアメとムチを使ってメディアを味方に引き寄せている。メディアは大きく規制された産業である。このため、政権は、メディアに都合の良い政策(規制解除)を取ることで報奨を、メディアに都合の悪い政策(規制強化)で報復をすることができる。


保守党の支持層への報酬を行うことで選挙基盤を更に強くし、また、民主党の支持基盤を弱体化する。こうして大統領選挙・議会選挙に勝ち続けることで、一党支配を築こうとする強かな戦略が垣間見られる。アメリカが一党支配の旧ソ連や中国のような国になったら、世界の秩序はどうなるであろうか。様々な例外はあると思うが、アメリカは超大国としての自覚を持って世界全体の調和、平和を考えながら政治を行ってきたと思う。それが利己主義的な行動を取ると、世界の秩序は混乱を極めるであろう。


世界秩序の中核で起きている戦慄を覚えるような事実である。我々は何をすべきか、状況を見直して、深く思索し行動すべき時であるように感じる。

Paul Krugman, "The Great Unravelling --- Losing Our Way in The New Century", W.W.Norton & Company



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