プルタルコス 「英雄伝」 立法者リュクルゴス

ローマ帝国の五賢帝時代に生きたデルフォイの最高神官プルタルコスは、ローマとギリシャの偉大な人物を対比的に描いた。リュクルゴスもその中の1人である。


古代ギリシャでアテネと並び立つ強国スパルタにおいて、政治制度や社会制度の基礎を築いたのがリュクルゴス(前700年頃~前630年)であった。リュクルゴスは、エウリュポン家の血を引いている。父王エウノモスが亡くなった後に、兄ポリュデクテスが跡を継いだが、この人もすぐに死んだので、リュクルゴスが王位に就いた。しかし、兄王の妻が身ごもっていることがわかったので、甥が生まれるとその子を王位につけてリュクルゴスは後見人として王位からは退いた。甥王を支持する者たちからねたまれることを嫌ったリュクルゴスは、争いを避けるために、甥が成長するまでは国外へ出て見聞を広げることにした。

リュクルゴスは指導者的天分と人を引っ張る力とを備えていたので、スパルタの人々は度々リュクルゴスに国へ帰るように説得した。そこでリュクルゴスは、帰国して国の政治を変革することを始めたのである。

リュクルゴスの第一の改革は、長老制の導入であった。28人の長老が選ばれ、王と大衆との政治的な力のバランスを取るように、一方では僭主が現れるのを妨げ、一方では大衆に迎合する民主制を阻むように調節機能がうまく働いた。

リュクルゴスの第二の改革は、土地の再分配であった。富の不均衡が恐るべき状態になり、無産・貧困にある大多数の者は国家の重荷となり、富める少数者の傲慢と悪意と贅沢は目に余るものとなっていた。リュクルゴスは、この貧困と富という両方の悪を国家から追い出そうとしたのである。
周辺地はペリオイコイと呼ばれるスパルタの市民権を持たない人々に与え、スパルタの町の中心部は九千に分割してそれぞれを市民に分け与えた。

リュクルゴスの不均衡と不平等を改める改革は徹底していた。動の再分配を試み、それがうまくいかないと、今度は貨幣制度を変更して貨幣の流通を不可能に近い形にした。それまであった金貨銀貨を廃止し、大きな重量と体積を持ちしかも価値の低い鉄の貨幣を導入した。しかも用心深く、鉄は酢によって化学処理が施されており、脆(もろ)くて鋳直せずが武器などに転用できないように図られていた。鉄の貨幣は流通せず、貨幣は無くなったも同然で、国外との貿易さえもできなかった。こうしてスパルタでは富の追求が行われなくなっていった。

リュクルゴスの第三の改革は、共同食事の導入であった。これも贅沢の追放を目的としたもので、料理人や菓子職人による贅沢な食事や特別な食卓や室内装飾を一掃した。富裕者も貧困者も共同食事に於いて同じものを食べるのであり、富は羨(うらや)むものでは最早なくなった。富裕者は、これらの政策に憤慨し、リュクルゴスを襲ったため、リュクルゴスは片目を失うことになった。

共同食事に参加するためには、参加者全員から同意を得ることが必要であって、参加者はパンによる無記名の投票で同意・不同意を示したのだという。共同食事では、黒いシチューが一番珍重されたというが、あるポントスの王はスパルタの料理人を雇い入れて黒いシチューを食したがうんざりさせられるものであったという。スパルタ人はその不味い食事を率先して口にすることに栄誉を感じていたのであろう。

リュクルゴスは、成文法を制定しなかった。リュクルゴスは、国家の繁栄と徳性にとって重要なことは市民の性格や教育制度に実際的に深く組み込むべきであると信じていたのである。

リュクルゴスは教育にも力を注いだ。青年女子も男性と同じように競走・格闘・円盤投げ・槍投げによって訓練された。女性が健康な子供を生むことを目的としたものであった。父親は子供を養育する完全な権利を持たず、子供は、レスケーと呼ばれる場所へ連れて行かれ国家によって共同で養育された。レスケーでは部族員の最長老たちがいて、赤ん坊を検査し、その子がしっかりとして強壮であれば土地の権利を分配し養育をした。逆に健康に恵まれなかった子は、アポテタイと呼ばれる深い穴に連れて行かれた。教育は青年に至るまで続いた。スパルタには、ヘロットと呼ばれる奴隷(過去にスパルタが征服した民族)がいて、土地の耕作やその他労役に服していて、贅沢を一掃したスパルタでは、市民は軍事訓練や子弟の教育に専念していられたのである。


これらの改革によって、その後数百年にも渡ってスパルタが強国の地位にあったことを考えると、この政治制度が如何に有効に働いたかがわかる。スパルタと同じ民族に属する近隣の国が、スパルタほど栄えなかったのを見ても、スパルタの民族性という天与のもの以外に原因を見つけるべきで、リュクルゴスの築いた政治・社会制度が如何に優れていたかが如実に知られるのである。


「プルタルコス英雄伝(上)」 ちくま学芸文庫 プルタルコス著 村川堅太郎編 安野光雅装丁



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