ベールキン物語 駅長 2

数年後、語り手は駅長のところを訪れるのだが、駅長は元気なく床に伏していた。娘のドゥーニャがいなくなったのだった。語り手が駅長から聞き出したのは次のような話だった。

あるとき、一人の騎兵士官が駅を訪れたのだがドゥーニャを見初めて、仮病を使って居座った。彼が旅立つ時にドゥーニャを教会のミサまで送ろうというので、駅長は馬車に相乗りを許したのだが、そのまま士官はドゥーニャを乗せて連れて行ってしまったのである。

駅長は、宿に泊まった時に写した駅馬券によって、士官がミンスキイ大尉という名でペテルブルグまで行くことを知っていたので、休暇を取ると、娘を捜しにペテルブルグまで出かけていった。ミンスキイ大尉の宿を探し当てると、娘を返してもらいに、大尉に会いに行ったが、適当にあしらわれてドゥーニャに会うこともできなかった。

諦めきれない駅長は、大尉の馬車をつけて行き、ドゥーニャのいる家を突き止め無理矢理会いに行く。

ドゥーニャは流行の粋をつくした装いで、さながらイギリス鞍に横乗りになった乗馬婦人のような姿勢をして、男の椅子の腕木に腰をかけている。彼女は優しい眸をミンスキイに注ぎながら、男の黒い捲髪を自分のきらきら光る指に巻きつけている。可哀そうな駅長よ!彼にはわが娘がこれほど美しく見えたことが曾てないのだった。彼は思わずうっとりと見つめていた。

ドゥーニャは次の瞬間に気配を感じて振り返り、自分の父親がそこにいるのを知り、そのまま倒れてしまった。娘を垣間見たもつかの間、今度も大尉につまみ出されてしまった。

駅長は、先ほど見た娘の様子に、娘は自らの意志で大尉と一緒にいることを悟り、ドゥーニャを連れ戻すのを諦めて家路についた。それからというもの駅長はふさぎ込んで毎日を暮らしていたのである。

「スペードの女王・ベールキン物語」 岩波文庫 プーシキン著 神西清訳



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