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Steinbeck, "East of Eden" (エデンの東) 5 キャシー

この物語の中で異彩を放ち他の誰よりも強く印象に残る人物像は、アダムの妻となり双子の母となる、キャシーのものである。 著者は、キャシーのことをモンスターと表現している。姿形は普通の少女であったが、精神や魂が歪んで生まれついたとしている。良心が欠落しているのである。そして、良心がないことを対人関係に使った。 彼女の周辺には幼い少女の時代から暗い影がまとわりついていた。その影が何なのか誰もわからないのであるが、しかし何となく感じる、そういう影であった。キャシーを教えていたラテン語の教師は教会で自殺するという奇妙な事件さえも起こった。 彼女は小さいころから聡明であった。嘘はつかないが、肝心なことを話さないことで、彼女は相手を巧妙に欺いた。彼女は、自分の奥深くに自分自身を潜ませて隠すとともに、相手の奥深くを読みとろうとした。相手の弱点を知ると、相手に悟られないように十分注意しながら、相手をコントロールして自分の思い通りに操縦した。ラテン語の教師も操られた一人であった。 キャシーの家が火事で燃えて一家全員が行方不明となるということも起きた。火事の後、キャシーは逃げ出し、売春宿に身を寄せる。ある売春宿の経営者の心をも操ったのであるが、最後に正気に戻った経営者が暴力による仕返しをし、キャシーは瀕死の重傷を負って投げ出されてしまう。 その窮地で出会ったのがアダムとチャールズの兄弟である。従順な性格のアダムは、キャシーが見せようとする幻影を見てキャシーを憐れみ恋した。しかし、チャールズにはキャシーの術が通用せず、チャールズはキャシーを忌み嫌った。逆に自分の心の中を読みとろうとするチャールズに対して、キャシーは警戒した。それは、似た者同士が相手の醜さを探り合うようなものであった。 自分の体が元のように健康な状態へ戻るまで庇護者を必要としたキャシーは、アダムを必要とした。だから、アダムの妻となって、行きたくもないカリフォルニアへもついていった。 キャシーが見せたいものをアダムが見ていたのだが、アダム自身が望むものをアダムは見ていたとも言える。キャシーが売春宿にいたことも知らなかったし、誰かが彼にそのことを伝えたとしても、信じようとしなかったに違いない。 キャシーは、双子を産むと間もなく、止めるアダムに銃で怪我をさせ一人家を出ていく。アダムと双子は残され、アダ

Steinbeck, "East of Eden" (エデンの東) 4 アダムとチャールズ

アダムとチャールズは、第1のカインとアベルの関係となった。 チャールズは、攻撃的な性格で、運動も出来た。父親のサイラスは、小さな子供たちに軍隊のように歩行訓練などをやらせたが、チャールズはそれをうまくこなした。一方アダムは、うまくやれないばかりか、訓練自体を嫌った。アダムから見ると、チャールズは訓練の優等生で父親のお気に入りだった。 しかし、実はそうではなかった。 アダムだけが軍隊へ入ることになった。入隊の前の晩にサイラスとアダムは散歩しながら語り合った。サイラスは、普段の態度からは想像できなかったが、アダムに目をかけていた。一方チャールズのことは、身体的な能力は評価しても、性格的には評価していなかった。ただ勇敢なだけでは、真の男になれないと考えていた。サイラスとアダムが親しげに散歩から帰ってくるのを目撃し、チャールズの気持ちに鬱積していた感情に引き金が引かれ、アダムへの暴力となって噴出した。鬱積していた感情とは、父親への誕生日プレゼントにまつわることだった。 父親の誕生日に、子供たちは銘々が自分で考えたプレゼントを贈った。チャールズは高価なナイフを、アダムは拾った子犬を贈った。サイラスはチャールズのナ イフを机の中にしまった後、一度もそれを出さなかった。これに対して子犬はいつもサイラスの近くにいて可愛がられていた。 自分のナイフの方が高価であり、軍人である父親にとって素晴らしい贈り物のはずである。しかし、父親がナイフを手に取っているところは一度たりと見受けれられなかった。それなのに、どこかで拾った普通の子犬を父親は可愛がっているのである。 それは、父親の心が、アダムだけを向いていることを暗示していた。チャールズにとって、これは許せないことであった。父親の訓練をよくこなし、何でもアダムより優れている自分こそが愛されるはずであるのに、現実は違った。自分は全く見向きもされないのである。 チャールズは激怒し、アダムを夜の散歩中に襲い、アダムを半死の状態にまで痛めつけた。アダムが上手く逃げなければ死んでいたかもしれなかった。 この事実は、アダムにとっても意外で、驚くべき事態であった。チャールズこそが、父親から愛されていると感じていたのに、自分が愛されており、しかも、その事実によってチャールズから命さえ狙われたのである。 アダムは、カインとアベ

Steinbeck, "East of Eden" (エデンの東) 3 サイラス

アダムの父サイラス・トラスクは、アダムの生まれる直前に軍隊に入ったが、入隊後すぐの戦いで片足を失い、義足の生活を余儀なくされる。除隊後故郷のコネチカットの農場に戻ったサイラスは、軍事関係の本を読みあさり、本だけの知識で軍事関係の専門家と名乗るようになった。自分の過去を知らない身内の人間に対しては、自分は軍隊時代に主要な戦に参加し、大統領や閣僚の右腕となったという作り話もした。一方で主要な論文誌に多数の寄稿をしたことから、実際にはほとんど軍事的な経験を持たないにも関わらず、軍事関係の世界では無視できない発言力を持つ専門家と見られるようになっていった。最終的にはワシントンに迎えられ、要人として生涯を閉じる。 サイラスが死んだとき、彼はたくさんの財産を息子達に残した。その財産を使ってアダムはカリフォルニアへと向かうことになる。 サイラスは非常に粗野で乱暴な人間だったのに対して、彼の妻は静かで内向的で宗教的でもあった。自分に対して厳しい性格であった。サイラスが軍隊から戻ると、彼女は自ら作りだした罪でもって自らを責め、そして乳児のアダムを残して、自殺してしまった。 サイラスは、後妻としてアリスという少女を娶った。アリスとの間に生まれたのがアダムの弟のチャールズである。穏やかな性格のアダムとは違い、チャールズは乱暴で攻撃的な性格を持っていた。二人の性格の違いに加えて、父サイラスの子供らに対する態度が、アダムとチャールズの関係に大きな影を落としていく。粗野な性格のサイラスに似ていたのはチャールズの方であったにも関わらず、サイラスの心はアダムの方を向いたが、チャールズの方には向かなかった。 サイラスと、アダムとチャールズとの関係が、第1のカインとアベルになった。 "East of Eden", Penguin Books, John Steinbeck

Steinbeck, "East of Eden" (エデンの東) 2 カインとアベル

この物語に大きな影を落としているのが、旧約聖書「創世記」にあるカインとアベルのテーマである。カインとアベルの話は次のようである。 アダムとイブがエデンの園を追われた後、彼らの間に二人の息子カインとアベルが生まれる。カインは土を耕す者となり、アベルは羊を飼う者となった。二人は自らの収穫を神に献げた。すなわち、カインは土からの実りを、アベルは羊の初子を神に捧げた。そのとき、神はカインの献げ物には目を向けず、アベルの献げ物だけに目を留めた。これに腹を立てたカインは、アベルを嫉妬して殺してしまった。その罪の故に神の前を去らねばならなかったカインは、エデンの東、ノド(さすらい)の地に住んだ。 つまり、エデンの東とは、神に追われたカインが住んだ場所であって、この物語は、カインのことを下敷きにして神の愛をテーマにしている。神は本当にアベルのことを好まれ、カインのことを嫌われたのであろうか。神の愛を失った者はいかに生きればいいのだろうか。 スタインベックのエデンの東には、2重の形でカインとアベルの関係が現れているように思われる。第1は、アダムとその弟チャールズの関係である。第2は、アダムの双子の息子カレブ(キャル)とアロンの関係である。 "East of Eden", Penguin Books, John Steinbeck

Steinbeck, "East of Eden" (エデンの東) 1 サリナス

物語は、カリフォルニアのサリナスを舞台に二つの家族を描きながら、人生の深い意味を探ろうとしている。アイルランド移民であるサミュエル・ハミルトン一家と、東部から来たアダム・トラスク一家という二家族の群像が描かれている。 サリナスは、サンフランシスコの南にある谷間に存在する街である。穏やかな気候と土壌に恵まれ、灌漑できれば豊かな稔りが約束される場所であった。 The Salinas Valley is in Northern California. It is a long narrow swale between two ranges of mountains, and the Salinas River winds and twists up the center until it falls at last into Monterey Bay. サミュエルはアイルランド移民1世でサリナスに住み着いた。移民サミュエルが得た土地には水が出ず、生涯豊かな暮らしとは縁がない人であったが、好奇心と知的探求心に富み、ユーモアがあって快活でへこたれない性格をもった人でもあった。著者スタインベックの母方の祖父に当たる人で、祖父母やその子等が逞しく生きた様を描くことで、人生とは何かを探ろうとしているように感じられる。そこには、著者からの家族への愛情溢れる文章があるとともに、彼らを通じてその時代全体の描写が書かれている。 アダム一家についていうと、「エデンの東」や「アダム」という言葉が示すように、旧約聖書が提示する問題がモチーフとなって、複雑な人格とそこに生じる事件を通して人生の意味とは何なのかが読者に問われているように感じられる。深いテーマや重苦しい事件に、彼らの担っている重荷が意識される。それは、我々人間が担っている重荷(原罪)を象徴している。 サミュエルの明るく前向きな生き様は、アダムの重荷を目のあたりにして苦しむ登場人物達や、読者までにも、光を与えてくれる。 生きるとは何かという大きなテーマを扱った名作であると思う。 "East of Eden", Penguin Books, John Steinbeck