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小林秀雄 「悲劇について」

ニーチェによればギリシャ悲劇に代表される悲劇こそは最高の人生肯定の形式であり、逆説的ではあるが、悲劇的に生きることこそ人生肯定の最高の生き方である。 悲劇は、人に何かが不足しているから起きるのではなく、人に何かが過剰であるからこそ起きるのである。人生は人が自身の力で動かすことのできない災いだとか不幸だとか死などに満ちている。人生を否定したり逃避したりして生きる者は悲劇人たりえない。嫌悪すべきことから逃げるのではなく、自身で全てを引き受けて肯定的に力強く生きる時、その人生は真の意味で悲劇的なものとなる。人生の充実があって初めて悲劇的に生きられる。 こうした運命の思想においてニーチェは、運命から目を逸らさないことを主張した以上に、運命を愛さなければならないという考えに到達した。 こうした生き方は合理的に説明がつくものではないのであり、直覚によって掴むしかない。そうであるからニーチェの思想は誤解され無視されるのかもしれない。 悲劇を観る者の感動は、人間の挫折や失敗に共感するところから生まれる。それは、悲劇の中で生じる挫折や失敗が必然のものであると感じるところにある。ここでいう必然とは、人間の自由や意志が存在しないという意味ではない。悲劇を観る者の中では、人間の挫折や失敗に外的な必然性が順応しているという感情を抱くのである。不幸も死も、そうあるべきと望まれたものとして受け取られる。自分自身の不幸を自ら創っていくということである。 「考えるヒント3」 文春文庫 小林秀雄著

Umberto Eco "The name of the rose" (ウンベルト・エーコ 「薔薇の名前」)

14世紀イタリアのある修道院にイギリス人William of Baskervilleという修道士が派遣された。Williamの目的は、神聖ローマ帝国皇帝とアビニョンにいる教皇の和解交渉の場を準備することであり、両者との中立性を理由に選ばれたその修道院で教皇側使節と事前交渉を行う使命を帯びていた。ところが、修道院に到着したときWilliamは失踪した馬について見事な推理を披露したことから、修道院内で直前に起きた若い修道士の不可解な死についての捜査を修道院長から依頼されたのである。Williamによる捜査は7日間に渡ったが、その間にも修道士が次々と命を落としていく。 Williamは、ドイツ人Adso of Melkという名の若き見習い修道士を伴っていたが、物語は後年Adsoがラテン語で羊皮紙に書き残したものを現代の著者が発見して翻訳したという設定になっている。Adsoは物語の中で重要な役を受け持っており、Williamでは近づきえない非聖職者や下層の民との自然な交流を物語に持ち込んでくれるのである。社会の下層に生まれキリスト教の異端派に属した者たちが宗教の名で社会に対して暴力をふるう姿や、すでに修道士という立場にありながら呪術を使う姿などが描かれていく。 修道院には荘厳な造りの図書館があった。三角形の窓、4つの塔、7角形や12角形がちりばめられた構造、それはキリスト教で重要視される、3(三位一体)、4(福音書)および3と4の和や積を表していた。幾何学的な美とともに神学的な意味を重ね合わせた完璧で荘厳な建造物である。 当時、化学・数学・哲学など先端の学問は、アラビアや古代ギリシャの文献からもたらされおり、修道士たちはアラビア語やギリシャ語からラテン語へ翻訳しながら写本していた。この修道院でもアラビア語やギリシャ語から最先端の学問が導入され知識が蓄積されていった。その写本蓄積はヨーロッパ世界に名を馳せており、各地から学問を志す修道士たちが集まってきていた。現実世界と同様に、この物語でも書物、図書館は重要な役割を果たしている。 Williamが調べてみると、死んだ修道士たちは写本作業に従事しており、そのうちの一人は奇妙な挿絵さえ書き残していた。修道院にある図書館に何か事件を解明する鍵が隠されていると思われたが、図書館の書庫は正副の図書館員2名以外には入るこ