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遠山啓 「代数的構造」 構造の持つ美しさ

数学は、始まりの頃から数や図形などの具体的な対象を扱っていたのが、20世紀になって構造という概念も扱うようになった。正確に言うと、数学は以前から構造を扱っていたのであろうが、意識的には扱っていなかった。それが、ヒルベルトによる「幾何学の基礎」によって意識的に構造が扱われ、現代数学が確立した。 構造という概念が数学へ及ぼした第一の影響は、数学の対象範囲が大きく広がったことである。それまでは数や図形が対象であったのが、命題や論理なども数学の対象に入ってきた。そして、構造という概念は、数学と諸科学との関係を多様で密接なものへと変化させた。著者は、数学が「構造の科学」へと発展した結果であると表現している。 構造の概念がもたらした第二の影響は、構成的方法の出現であると、著者は述べている。現代以前の数学で中心となっていた微分積分学は、現実世界の諸現象を忠実に写し出し、精密に分析することに主眼があった。そこには現実との乖離はない。しかし、構成的方法によると、現実には存在しない対象物を扱うことが可能になる。これは意味があることであろうか。今のところ数学では、数学内部で整合性が取れているかどうか、つまり矛盾が無いかによって、現実に存在しない空想的な対象物の存在を保証している。そういう意味では、ヒルベルトが押し開いた現代数学という世界は、実在と数学の関係について大きな問いを投げかけたことにもなる。 構造の議論を、著者は、ここでもう少し掘り下げている。果たして、内部整合性が取れていれば、それだけで充分であろうか。著者は、”良い数学的構造”であるためには、内部整合性だけは不十分で、その数学的構造が実在の中にあまねく内在していることが必要だと言っている。更に、人間にとって考えやすいもの、つまり審美的であることも必要だろうという。現実世界に内在し、しかも美しくなければ、数学的構造としては意味を成さないというのである。 数学的構造としては、位相的構造、順序の構造、代数的構造がある。本書では、このうちの代数的構造を扱う。 ある集合の2つの要素間に、3つ目の要素を作り出すような関数が定義されているとき、その集合は代数的構造を持つという。例えば、自然数集合の中に加算が定義されている場合、自然数集合は代数的構造を持っている。位相的構造、順序の構造、代数的構造という概念は、互いに排他

木田元 「ハイデガー『存在と時間』の構築」 時間性とは

哲学者木田元による、ハイデガーの著書存在と時間」の未完部分を再構築しようという試みである。「存在と時間」の意味や背景をわかりやすく解説しながら、未完の第二部以降が書かれたとしたらこういう主題であっただろうという議論を展開していく。その解説や背景の説明が面白いのである。プラトンやアリストテレス、カントやニーチェ、あるいは師であるフッサールなどの思想とハイデガーとの関係は、「存在と時間」を読むにあたって道標(みちしるべ)になるものである。 「存在と時間」は、「存在一般の意味」を解き明かすことに目的がある。「存在とは何か」を問うことは、プラトン・アリストテレス以降の西洋哲学の根本的なことである。 ここで、「存在とは何か」と問われたときに、どういう思考が頭に去来するであろうか。人によっては、存在と言われると、物理的に物が存在するというような意味のことを考えるかもしれない。あるいは、人間を生物学てきに捉えて、人間の生命の起源のような意味のことを考えるかもしれない。しかし、ここで問われているのは、こういう理性的な問いかけを自らに問いかけられる人間という驚くべき存在があるのはどういうことかという、全くに哲学的な意味である。 生物としてではなく、人間として存在するということに、人間が気付いたとき、そこには大きな驚きがあるであろう。人間は余りに普通に人間として存在するが故に、この事実に気付かないのである。 なぜならその<驚き>の感情こそが、本当に哲学者のパトスなのだから。つまり、哲学の初まりはこの感情より他にはないのである。(『テアイテトス』) ハイデガーによると「存在とは何か」という問いと時間(正確には時間性)とは密接な関係がある。時間性とは、我々が通常認識している時間ではなく、人間が現在、過去、未来を認識できるようなそういうあり方のことを指すようである。著者はわかりやすくするために実験により確かめられたチンパンジーの空間認識能力を説明に使うのだが、動物には抽象的な構造化能力は無く、従って時間感覚も無いのだという。動物には過去も未来も無く、ただ現在があるだけなのである。 <おのれを時間化する>働きによって、現在・過去・未来という時間の次元が開かれ、<世界>というシンボル体系が構成される しかし、人間は、自明の如くあるいは余りに普通であるが故に認識