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カフカ 「掟の門」

その男が「掟の門」の前に来ると門は開いていた。門の前で守衛をしている屈強な男に、中に入ってもよいか問うと、門番は、今はだめだがどうしても入りたいなら中には入ってもよいという。ただし、中には自分よりも強い守衛が何人もいるから覚悟して行けとも言う。 男は待つことにして、「掟の門」の前で門番の隣に何年も座り続けた。何かのために持参した品々を門番に渡すと、門番は受け取ってはくれるがそれは男を通すためではなく、男の気持ちを受け取るためであるという。 ずっと待ち続けた男は、とうとうそこで息を引き取った。死の間際、目の前が暗くなっていく男には門の中に何か明かりが見えるようであった。男は意識が遠くなりながら、数年もの間待っているのにどうして誰も「掟の門」に入らないのかと尋ねた。門番は、この門はお前だけが入れる門だったのだと、もう何も聞こえない男に答え、門を閉ざした。 騙されたと憤る者や、知らなかったと悔やむ者や、人生はそんなものだと達観してみせる者もいるかもしれない。色々な読み方や解釈ができると思う。 覚悟して自分の道を進めと言われているのに、自分の未来に怖じ気づいて先に進めない人間がそこにあるように思う。それは人によっては、処世術かもしれないし、哲学や宗教的なものが見えるのかもしれない。 そこには、誰の心の中にもいる二人の自分が描かれている気がする。ものを考え問いかける自分と、それに答えるもう一人の自分。先に進もうか迷う自分と、やめたほうが良いと止めるもう一人の自分。自分が自分の未来を縛ることもあれば、犯してはならない罪への道を踏みとどまらせることもある。どちらも自分の力である。もう一人の自分に恥ずかしくないように生きること。 「カフカ短編集」 岩波文庫 フランツ・カフカ著 池内紀訳