魔の山 14 セテムブリーニとナフタ

ハンス・カストルプがサナトリウムに来て1年が経っていた。ハンス・カストルプとヨーアヒムが散歩をしていた時、二人の前にセテムブリーニともう一人の男が歩いているところに出会った。男はナフタといい、セテムブリーニと同じ下宿(セテムブリーニはサナトリウムを出て、近くに下宿していた)に住む者であった。

痩せた小さな男で、ひげはなく、刺すような、腐食的といいたいような醜さで、従兄弟がびっくりしたほどであった。どこもかもが刺すような感じで、顔の感じを決定している鉤鼻も、うすく結びしめている唇も、うすい灰色の目にかけられている縁のほそい眼鏡の厚い玉も、すべてがつめたい感じであり、彼がつづけている沈黙までが刺すような感じであって、一度口をひらけば辛辣で理路整然としているだろうと感じられた。(下巻p55)
ナフタは、宗教的なもの側に立つ者で、セテムブリーニが従兄弟たちに「スコラ派の首領」と紹介した通りである。セテムブリーニは、近代的、自由と理性の側に立っており、ナフタの意見とは相容れなかった。従兄弟たちが二人と出会った時に、二人は議論をしており、従兄弟たちを加えて4人の散歩になった後も議論は続けられた。


(セテムブリーニ)「自然は、それ自身が精神です。」
(ナフタ)「あなたは一元論の一点ばりで退屈なさらないとみえますね?」
(セテムブリーニ)「ああ、それではあなたは、自分からみとめるんですね、あなたが世界を相反する二つの部分、神と自然とに二分なさるのは、知的遊戯にすぎないことを!」
(ナフタ)「私が熱情jと呼び精神と呼ぶ場合に心に考えているものを、知的遊戯とおっしゃるのは興味ぶかいことです」
(セテムブリーニ)「そういう低俗な欲求にそういうものものしい言葉を使われるあなたが、私のことをいつも弁舌家とおっしゃるとは!」(下巻p56)
さらに議論は激しくなっていき、ものものしい内容をナフタは口にした。
(ナフタ)「その生活の最下位の段階は『製粉所』、その上位が『畑』、第三のもっとも尊敬すべき段階はーーセテムブリーニさん、耳をふさいでいらっしゃいますよーー『ベッドの上』です。製粉所、これは世俗生活の象徴です、ーーまずい譬えではありませんね。畑は説教師と聖職にある教師がたがやすべき世俗人の魂を意味しています。この段階は第一の段階よりも尊敬すべき段階です。しかし、ベッドの上こそーー」
(セテムブリーニ)「もうたくさん!わかっていますよ!」とセテムブリーニはさけんだ。「みなさん、この人はみなさんにベッドの目的と用途を説明しかねませんよ!」
(ナフタ)「…ベッドは愛する者が愛される者と一つ寝をする場所で、人間が神と一つ寝をする目的で世界と被造物とから瞑想的に隠遁する状態を象徴しています。」(下巻p60)
ベッドとは何を意味しているのか。神と聖職者が何かしらの関係を持つ場と言いたいのか。その真意はまだわからないが、大胆で恥知らずな印象を与える意見であり、ナフタという人物の人間性を疑わせる発言である。

「魔の山」 岩波文庫 トーマス・マン著 関泰佑、望月市恵訳




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