魔の山 12 サナトリウムで療養する人々

ハンス・カストルプのサナトリウム滞在が次第に長くなっていった。
この上で過ごした日数は、ふりかえって考えてみると、不自然に短くも感じられたし、長くも感じられたが、実際の日数にだけは、どうしても感じることができなかった。(p380)
サナトリウムに療養する若者が本心からでなく同情を受けたい理由から愚痴をこぼすのを見て、セテムブリーニが辛辣に言った。
「かれらのいうことを本当になさってはいけませんよ、エンジニア、かれらがなにか愚痴をこぼしても、本当になさらんことです! みんなここでひどくいい気持でいるくせに、例外なくこぼすんです。だらけきった生活をしている上に、まだまわりの同情をもとめたり、皮肉や毒舌や悪口をいう権利があるように考えているんです!」(p380)


ハンス・カストルプは、時間を良心的に取りあつかう人々が、時間の経過に注意を怠らず、時間をこまかい単位に分け、数え、命名して整理をしている手数を、頭のなかで励行するのを怠っていた。(p392)


ハンス・カストルプが人生勤務の意義と目的とについて時代のふかみから彼の単純な魂を満足させるような答をあてられていたら、この上の人たちのもとでの滞在に初めに予定していた日数を、現在の線までものばしはしなかったろう、と私たちは考えるのである。(p398)


「魔の山」 岩波文庫 トーマス・マン著 関泰佑、望月市恵訳




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