魔の山 28 魔の山からの帰還

ハンス・カストルプは、魔の山に7年間滞在した。地上の人々や生活から離れ、世界から離れていた彼が目覚めたのであった。世界大戦が勃発した。
そのときに天地はとどろきわたった(下巻p637)
ハンス・カストルプは、生をあきらめ遠ざかっていたのではなかった。大戦のことを聞くと、身の回りの物をバッグに詰め込み、ぎゅうぎゅうに混雑する列車に飛び乗って下界へと旅立った。

世界大戦のことは何も語られない。ただ、ハンス・カストルプが学徒動員された若者達と共に砲弾の降る中を行軍し、泥に倒れる様が少し描かれているだけである。
そして、彼は混乱のなかへ、雨のなかへ、黄昏のなかへ、私たちの目から消えていった。(下巻p648)
最後に著者はこう語る。

君の単純さを複雑にしてくれた肉体と精神との冒険で、君は肉体の世界ではほとんど経験できないことを、精神の世界で経験することができた。君は、「陣とり」によって、死と肉体の放縦のなかから、愛の夢がほのぼのと誕生する瞬間を経験した。世界の死の乱舞のなかからも、まわりの雨まじりの夕空を焦がしている陰惨なヒステリックな焔のなかからも、いつか愛が誕生するだろうか?(下巻p649)


こうして長い物語は幕を閉じる。

「魔の山」 岩波文庫 トーマス・マン著 関泰佑、望月市恵訳




コメント

このブログの人気の投稿

フレイザー 「金枝篇」 ネミの祭司と神殺し

ヴォルテール 「カンディード」 自分の庭を耕すこと

安部公房 「デンドロカカリヤ」 意味の喪失