魔の山 26 うさんなこと

医師の一人エドヒン・クロコフスキーは、ベルクホーフ内で2週に1回講演を行っていた、その講演が次第に神秘的な現象へと傾いていった。意識下の不思議な現象、読心術、正夢、千里眼、ヒステリーなどを扱い始めた。ベルクホーフの聴衆には、「生命の謎を解明するには、健康な道から近づくよりも、不気味きわまる、病的な道から近づくほうが有望のように思われた。‥‥」

神秘的な現象への関心は、患者達にも蔓延していった。降霊術までもが試された。ブラント嬢という少女に不思議な能力があると噂され、患者達でアマチュアの実験が行われ、とうとうクロコフスキーによる「科学的な」実験にまで進展した。

ブラント嬢のまとりにいるとされるホイゲルという霊を通じて、あの世の誰を呼び出そうという実験が行われ、ハンス・カストルプの申し出で、ヨーアヒムを呼び出すことになった。長い息詰まるような時間が過ぎ、部屋の片隅にヨーアヒムのような人影が現れたのであった。それは本当にヨーアヒムであったのか、あるいは違う人物がヨーアヒムの振りをしていたのか、それは物語中では明確には語られていない。しかし、この章の表題は「うさんなこと」である。

ハンス・カストルプは、雪の中での真理の発見や、人物ペーペルコルンとの出会いを通じて、精神的な成長を遂げていたため、こういう「うさんなこと」に直面しても、闇の領域へ捕らわれてしまうことはなかった。「うさんなこと」で象徴されているのも死の世界である。死には人を惹きつけて離さない力があり、克己心が無い者はその力に捕らわれてしまう。

「魔の山」 岩波文庫 トーマス・マン著 関泰佑、望月市恵訳




コメント

このブログの人気の投稿

フレイザー 「金枝篇」 ネミの祭司と神殺し

ヴォルテール 「カンディード」 自分の庭を耕すこと

安部公房 「デンドロカカリヤ」 意味の喪失