スタンダール 「赤と黒」 14 最後の日々

マチルドとの恋のことで軽騎兵中尉にもなったジュリアンであったが、 ラ・モール侯爵からの問い合わせに対するレナール夫人の返信によって全てが破滅へと向かっていく。ジュリアンは衝動に駆られてヴェリエールの御堂でレナール夫人を鉄砲で撃ち、牢獄に捕らわれた。

撃ち殺してしまったと思っていたレナール夫人が生きていたことを知って、神に感謝する様子。

「ああ!あのひとは死んだのじゃなかった!」そう声を上げて叫び、そこにひざまずいて熱い涙の流れるままに泣いた。
この感激の刹那、彼は神を信じる気持ちであった。僧侶の偽善的行為がどうあろうとも、心理には、神という観念の崇高さには一抹の曇りもかからぬ。(第2部 第36章)

牢獄で自殺の誘惑に駆られるが、生を最後まで全うするという考えに辿り着く様。

それから数日後、彼は反省した。(おれの命はまだ五六週間くらいはあるだろうが、‥自殺?いや、それはいかん!ナポレオンは最後まで生命を全うしたんだ‥‥)
(それに、生きていることは、楽しい。ここは静かだし、それにうるさい人間は一人もおらん)(第2部 第36章)

牢獄に面会に来た、かつての師シェランを目の当たりにして、シェランの衰えの中に死を感じて恐れる様。

犯罪のとき以来、これほどせつなく感じた瞬間はなかった。。彼はいま目前に死を見たのである。しかもその最も醜い姿において見たのだ。悠々せまらない英雄的な気持、そのさまざまの幻想も、嵐の前の雲のように吹き飛ばされてしまった。(第2部 第37章)

死への恐れに戦いていた時、友人フーケが自身の全財産を犠牲にしてジュリアンを助けようと奔走したことを知って、フーケの行為の中に崇高なものを感じて驚く。そして死への恐れから救われるのである。

この崇高なものをみたことが、シェラン師の姿を見て以来すっかり喪失していた意気をもとどおりに恢復させた。(第2部 第37章)

レナール夫人を本当に愛していたことを初めて理解し、フランシューコンテで過ごした時期が本当に幸福であったことを知る様。

野心はもう彼の心の中で死んでしまって、その焼け残りの灰から別の情熱が生まれてきていた。そして、彼はこれをレナール夫人を殺しかけたことの後悔と呼んでいた。
事実、彼は無上に夫人が恋しかった。一人っきりでじゃまのはいる心配なしに、あのヴェリエールやヴェルジーの楽しかった日の思い出にひたっている時は、たとえ方もなく幸福であった。(第2部 第39章)

死を迎えるまでの最後の日々、ジュリアンの心の描写は実に見事で感動的である。ジュリアンが死を前に人間の奥深いところに崇高なものを感じて精神が浄化されていく過程。読者自身もジュリアンとともに歩めるのではないだろうか。











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