スタンダール 「赤と黒」 12 マチルド その2

はじめジュリアンはマチルドを気にもとめず適当にあしらっていたのだが、マチルドの理性的な恋が数日の間で冷め始めた時に、逆にジュリアンがマチルドとの恋の虜になっていた。

永久の絶交を宣言したその次の晩から、ジュリアンはラ・モール嬢に恋していることを、どうしても自認せずにはいられなくなり、気も狂わんばかりだった。(第2部 第17章)

マチルドは、ジュリアンのことを少し冷めた眼では見ていたが、偶にはジュリアンと親しく会話を交わしたりした。それは、彼女がジュリアンから見向きもされなくなるのではないかという懸念、彼女自分がジュリアンから見下される位置にいるのではないかということ、に追われてのことだった。

しかし、ジュリアンは、マチルドから冷たくされてどうしていいかわからなくなってしまう。

彼のいまの実に率直な、しかしまた実に愚劣な一言が一瞬のうちにすべてを変化させてしまった。マチルドは自分が恋されていることが確かになると、相手を完全にばかにしてしまった。(第2部 第18章)

そんな複雑な恋の心理を見破るには、ジュリアンはあまりにも意気消沈し、ことに、あまりにも心が乱れきっていた。彼女の自分に対する好意などはなおさらのこと、てんで眼にはいらなかった。彼はその好意の犠牲者だったのだ。おそらく彼もかつてこれ以上激しい不幸を経験したことはなかったろう。(第2部 第19章)

不幸のどん底に落ち、自分ではどうすることもできなくなった彼であった。普段の彼であれば到底考えられないことであるが、ロシアの公爵コラゾフに恋の苦しみを打ち明け、コラゾフ公爵から聞いた対処の仕方を半信半疑で従ってみたところからマチルドの態度に変化が起き始める。

コラゾフから言われた通り、ジュリアンはフェルベック夫人に恋文を渡し、人に知られないようにしながら、フェルベック夫人を慕う素振りをしたのである。マチルドには、フェルベック夫人を慕う素振りがわかった。それで、マチルドの心は揺らいでしまった。いままでは、ジュリアンを無視することで優位を保てていたのが、逆に無視されてマチルドはジュリアンを無視できなくなった。

こうした激しい感動のさまを見せられて、ジュリアンはうれしいというよりあきれてしまっていた。マチルドの罵るのを見て、彼はロシア流のやり口がいかに賢明であるかがわかった。(めったにしゃべらず、めったに行動せぬこと、これこそおれの救われる唯一の道だ)(第2部 第30章)

こうしてマチルドは初めて本当にジュリアンを愛し、本当の恋をした。








コメント

このブログの人気の投稿

フレイザー 「金枝篇」 ネミの祭司と神殺し

ヴォルテール 「カンディード」 自分の庭を耕すこと

安部公房 「デンドロカカリヤ」 意味の喪失