ヘンリー・ジェイムズ 「ねじの回転」

19世紀イギリスでエセックスにある貴族館での出来事。両親を亡くした幼い兄妹が伯父の館に身を寄せることになったが、伯父の貴族はロンドンで独身の放縦な生活をしており子供の面倒を見るのが嫌で、代わりにエセックスの館で子供を養育してくれる家庭教師を探す。幼い兄妹の家庭教師として雇われた若い女性がエセックスの館で遭遇した奇怪で悲惨な出来事を記した手紙が、数十年後に読まれるという形で物語は綴(つづ)られている。

エセックスの館には二人の亡霊が出た。二人の亡霊は、一人は身分の低い男性使用人、もう一人は前任の中産階級出身の女性家庭教師であった。二人は、生前に兄妹と共に館で暮らしていたが、主人公の家庭教師が雇われる前に死んでいた。この二人の亡霊は生前に邪悪な生き方をして身を滅ぼしたのであるが、死んだ後も兄妹を自分たちと同じ邪悪な道へ引きずり込もうとして兄妹の前に現れるのである。何か謎が隠されていて、謎を取り巻くように物語は流れていく。

この作品は、極めて巧緻を尽くした技法によって描かれている。物語は家庭教師の手紙を通じて描かれるのだから、家庭教師の目を通してのみ様々なものが読者へ提示される。つまり間接的にしか家庭教師以外の登場人物の会話は聞けないし、主観を通した後にしか登場人物の行動は見ることができない。薄曇りの窓硝子越しに物事を見ている、あるいは影絵を見ている感じであるが、逆に家庭教師の心理は直接的に読者の目や心に訴えてくる。2重の意味で家庭教師の心理を受け止めながら、起こっていることを自分で補いながら組み立てていく必要がある。


また、手紙は別の面でも読者に努力を強いる。作品が書かれたビクトリア朝時代、教育を受けた人は不品行な恥知らずな事を口には決して出さないので、事の核心となる肝心なことが婉曲的にしか言及されない。例えば、二人の亡霊が染まった邪悪なこととは何であるかは明言されていない。このことは、登場人物の一人で家庭教師を助けるメイドのグロースさんは、邪悪なこととして盗みを口にしたことからも時代背景がわかる。邪悪なこと、実は手紙の中で明言されていないが、しかし、それは性的不品行であることが知れるのである。


卑しい身分の使用人と中産階級の家庭教師という身分の違う二人が、性的な不品行を行っただけでも当時のイギリス社会では問題であったらしい。しかも、幼い兄妹が巻き込まれて、そこにはもっと深い邪悪なものが感じられたのである。当時、「英語で書かれたもっとも忌まわしい物語」と言われたのも、ビクトリア朝イギリス社会という時代背景があってのことだったのだろう。


「ねじの回転」 光文社古典新訳文庫 ヘンリー・ジェイムズ著 土屋政雄訳





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