マルチン・ルター 「新約聖書への序言」

ルターが全生涯をかけて成し遂げたドイツ語訳聖書の序言であるが、ルターのキリスト教に対する神学観が極めて明瞭に端的に述べられていて非常に面白い。教会に関わる者は、普通であれば、非難や誤解を恐れて聖書中の福音書や書簡に序列などをつけたりはしないだろうが、ルターはそれを見事に歯切れよい口調できっぱりと述べているのである。

すなわち、新約聖書中で最も大切で、キリスト者が常に繰り返して読み自分の血肉となるまでにするべきものは、
「ヨハネによる福音書」、
「ヨハネの第一の手紙」、
パウロの手紙なかでも「ローマ人への手紙」と「ガラテヤ人への手紙」と「エペソ人への手紙」、
「ペテロの第一の手紙」
であるという。

「ローマ人への手紙」に対してルターが書いた序言は、実に素晴らしいものである。この序言だけを抜き出して読むだけでも、キリスト教の最も大切な核の部分に触れることができるのではないかと思う。それは、「ローマ人への手紙」において展開されるパウロの神学が素晴らしいものでキリスト教の根幹を成しているからであり、また、ルターの解釈が明快で歯切れよく核心をついた説明になっているからである。さらにルターの激しいまでにほとばしり出る情熱や神に対する誠心誠意を感じるのである。

聖パウロのローマ人へあたえたこの手紙は新約聖書のうちでもまことの主要部をなし、最も純真な福音であって、キリスト者がこれを一言一句暗記するどころではなく、たましいの日毎の糧として日常これに親しむに足りるだけの品位と価値とをそなえている。

ルターの序言に触発されて「ローマ人への手紙」にだけでも触れてみるのは良いことだと思う。理路整然として壮大な建築物を思わせるような神学が築かれているのが感じられるであろう。

ルターの考え方や解釈が、キリスト教世界で必ずしも正しいと認められているわけではないだろうが、何が大切なことで、それをどう考えるべきなのかということを教えてくれている。

「キリスト者の自由・聖書への序言」 岩波文庫 マルチン・ルター著 石原謙訳



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