魔の山 10 二人の祖父

セテムブリーニは、彼の祖父のことをハンス・カストルプとヨーアヒムに語った。祖父も反抗家で、国家的なスケールで活動していたことが窺えた。
ミラノで弁護士をしていたが、なによりも熱烈な愛国者であって、政治的扇動家、雄弁家、雑誌寄稿家ともいうべき人物であった祖父のことを語った。祖父も孫のロドヴィコと同じ反抗家であったが、しかし、孫よりも大きい大胆なスケールで反抗したのであった。・・・
祖父は諸国の政府をてこずらせ、そのころ分割された祖国イタリアを無気力な奴隷状態におさえつけていたオーストリアと神聖同盟にたいして陰謀をはかり、イタリア全土にひろがっていた秘密結社の熱烈な党員であった。(p264)
ハンス・カストルプは、二人の祖父の対比を感じた。
そして、、二人は、北方の祖父と南方の祖父とは、いつも黒服を着ていたのであるが、どちらの祖父も彼と堕落した同時代との間にはっきりと距離をおくための黒服であった。しかし、一人の祖父は彼の本性の故郷である過去と死のために敬虔な気持から黒服をつけていたのであったし、それに反して、他の祖父は反抗から、およそ敬虔とは正反対の進歩のために黒服をつけていたのであった。(p267)
ハンス・カストルプの祖父とセテムブリーニの祖父とは対極にある存在であったが、同じような点もあった。二人の祖父は同時代の堕落した社会を嘆き、黒服を着てきっぱりと意思表示をしていた。

祖父たちからの遺伝的な影響も教育という影響も受けた、二人の孫は、祖父のスケールを小さくしたような存在であって、祖父の性質から、物語の中での孫たち二人の役割もうかがい知れた。



「魔の山」 岩波文庫 トーマス・マン著 関泰佑、望月市恵訳




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