ポール・ケネディ 「大国の興亡」

本書では、西暦1500年から1980年代に至るまでの歴史において、大国と呼ばれ影響力を振るった国々の興隆と衰退を、軍事力、地政学、経済力、成長力などの観点から丹念に分析を行っている。世界全体を扱っているのであるが、結果としてはヨーロッパ諸国が分析対象の中心となる。

1500年年頃の世界全体を見渡すと、そこには中国の明帝国やオスマントルコ帝国が確固とした基盤を築き周辺国へ多大な影響を与えている一方、ヨーロッパは諸国が並び立つ群雄割拠の状態にあった。明帝国やオスマントルコ帝国は、軍事力、経済力、国土、人口のいずれにおいてもヨーロッパ諸国を凌ぐ存在であった。明帝国は強大な軍事力を築きアフリカまで航海できる海軍力も有していたし、オスマントルコ帝国はバルカン半島を制圧しオーストリアへと迫っていた。しかし、結局ヨーロッパ諸国がオスマントルコ帝国やその他の支配下に陥ることはなかった。しかも、この時代以降ヨーロッパ諸国は隆盛を極め、世界の他勢力を圧倒していくのである。

ヨーロッパ諸国が、オスマントルコ帝国の支配を免れ、その後オスマントルコ帝国を凌ぐ発展ができたのは、地政学的に防衛に適した国土に恵まれていたことや、軍事技術に歴然とした優位を築けたことが挙げられる。

ヨーロッパは広い平野部が少なく深い森林に覆われた複雑な地形をしており、諸国は地理的に分断されている。このため、広い平原ならば有効である騎馬民族による軍事的な制圧が困難であった。このため、ヨーロッパ諸国がそれほど強国でなかった1500年以前の時代にも、オスマントルコやモンゴルなどに制圧されることを免れてきた。その当時の最新の軍事技術つまり騎馬による闘いを防御することが可能であったわけである。

ヨーロッパ諸国は地理的に分断され群雄割拠状態で互いに熾烈な戦いを繰り返したことにより軍事技術開発が大きく促進されたし、ルネサンス時代を経て発達した自然科学も軍事技術の進歩に大きく寄与している。こうして、ヨーロッパでは1500年前後に軍事技術(鉄砲や大砲はそれまでの戦い方を一変させたし、大砲に打ち勝つ築城技術も飛躍的に進歩している)が世界のどの地域よりも大きく進化した結果、ヨーロッパ諸国は世界的に見ると軍事力で抜きん出た存在となった。争う相手より格段に優れた軍事技術を有している場合、相手を圧倒できるわけである。それは、ヨーロッパ諸国による世界各地の植民地化という歴史が物語っている。

また、地政学、軍事技術以外にも、政治機構や国民の構成など複雑な要素もあることは事実である。

ヨーロッパ内では互いに争うように技術開発を繰り返しており、また進んだ技術はすぐに他国から入手できたため、ヨーロッパ諸国内で軍事技術に大きな差が付くことはなかった。つまり一国だけで他国を圧倒できなかった。ヨーロッパは世界に覇権を拡げたが、ヨーロッパ内では諸国が互いに覇権を競い合う状態がそれ以降も継続することになる。このヨーロッパ内の覇権争いにおける大国興隆の分析が本書の目的であり、ヨーロッパ諸国が取り上げられているのも、こうした事情による。

本書で取り上げられる大国とは、ハプスブルグ家スペイン王国、オランダ、ブルボン王朝のフランス王国、ナポレオン帝国、オーストリア帝国、イギリス帝国、ドイツ帝国、日本、アメリカ合衆国、ソヴィエト連邦などである。


本書の論点は、主として経済と技術の進展によって変化を促進するダイナミズムが存在したこと、そしてこのダイナミズムが社会構造、政治体制、軍事力および個々の国家や帝国に影響をおよぼしてきたということであった。このグローバルな経済的変化の速度は一律ではなかったが、それは技術革新や経済成長のペース自体が不規則であり、個々の発明家や企業家の状況のみならず、気候や疫病、戦争、地理的条件、社会機構などに制約されるからにほかならない。(下巻p.242)


1500年以前の戦争は、短期的な決戦で決着がつくものが多かった。従って、個々の軍団を率いる将軍・将校の資質や兵士の士気・経験が大きくものをいった。しかし、戦争は数年に及ぶ長い期間を各国の総力を注ぎこんで戦われるものへと変質していく。こうなってくると、個々の戦闘結果よりも、総合力で如何に相手を上回ることができるかが問題となってくる。つまり、如何に多くの軍隊を組織し、装備し、訓練し、維持し、補充し、そして兵站を確保できるかが焦点となる。軍事技術は日月の進歩を遂げているから、それをタイミングよく開発し軍隊へ装備する必要がった。また、やっかいなことに、軍事技術は進歩とともに金がかかる代物へと変わっていた。長期的に見ると、結局その軍事力を支えられる経済力と技術力、経済成長を継続できるかが最も重要であることがわかる。

経済力や経済成長が重要となると、国土の広さ、人口の多さ、国内資源の豊富さがものを言う。さらに、自国の地政学的な位置は非常に大きな影響を与えてくる。ナポレオン帝国やヒトラー・ドイツ帝国がそうであったように、大陸の中心に位置する国は周辺を敵国に囲まれており、複数の戦線で長期にわたる戦争を継続しなければならない。しかも、勝てば勝つほど戦線は拡大し、自国の軍隊や経済力の限度を超えてしまうのである。ドイツ帝国は軍国主義の国家として経営されており、国内の人的、工業的な資源を過度に優先的に軍事へと注いでいた。このため、非常に強固な軍事力を有することができたが、反面民事技術は後回しにされるため、長期的に見た場合に経済成長に問題も多かった。

こうした観点からすると、アメリカ合衆国は、ヨーロッパから見て周辺に位置し自国が紛争に巻き添えになることがない地政学的に非常に有利であった。また、広大な国土、豊富な人的資源、優れた技術力、国内の豊富な鉱物資源、自給できる豊かな農産物、自立した国内経済市場など、どれをとっても有利な立場にあることがはっきりしてくる。


「大国の興亡」 草思社 ボール・ケネディ著 鈴木主税訳






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