ポオ 「盗まれた手紙」

デュパンが活躍する推理もの。警視総監から一通の手紙の捜索を頼まれたデュパンが、常識の裏をかいて実に巧妙に隠された手紙を見事に見つけだす物語である。

ポオ(ポー)が作りだした事件の構成は、芸術的とでも言うような素晴らしい出来映えである。犯人がわかっていて、しかも隠されている部屋までわかっているのに、事件が解決されないのである。

事件のあらましは次のようである。犯人である大臣は、被害者である貴婦人の目の前で大胆にも犯行を行い大切な手紙を持ち去った。であるから、被害者は犯人が誰であるかを知っており、しかも犯人も自分が犯人であると判明していることを認識している。しかも、その手紙の持つ性質や重要性から、隠されている部屋さえ特定されているのだが、肝心の手紙を発見できないのである。

高貴な社会階層が絡んだ事件の性質上、話が外に漏れると大スキャンダルに発展する。貴婦人の立場も、またその手紙に関与する高貴な人間も危うくなる。それだから、警察による大々的な捜査が行われず、警視総監が個人的に依頼を受け、一人で秘密裡に捜査を繰り返していた。この事件がスキャンダルに発展する前に解決することは、警視総監にとっては大きな名誉でもあり、また莫大な報酬を貰えるという利益もあった。警視総監は、手紙が隠されている大臣官邸に連日連夜忍び込んでは、警察の持てる技術を全て使って様々な箇所を捜索したが、目的のものはとうとう見つけられなかった。大臣の側も手紙の隠匿方法には絶対的といえる自信を持っており、警視総監が忍び込みの捜査を繰り返しているのを知っているが、わざと素知らぬ振りをして捜査をさせているのである。

警視総監は、自力での手紙発見を断念し、デュパンに泣きついてきたのであった。警視総監にとって事件解決は大きな名誉であるが、解決できないと逆に大きな不名誉となって大失態へと変化してしまう。だから必死であった。デュパンはというと、大臣の大胆不敵な行動と手紙の巧妙な隠匿方法に大いなる好奇心をかき立てられたのか、事件に積極的に関与していく。

警視総監の話から、デュパンは、警察の通常の捜索範囲には手紙は置かれていないと判断し、手紙は初めから隠そうとしないという、実に意味深長な、実に利口な方法を取っているのではないかと推理した。その推理の上で、これまた大胆不敵にも大臣官邸へ面会に出かけ、からくりを見破ってしまった。デュパンの推理の通り、手紙は隠してなかったのであった。

隠さないで隠すという、ポオ(エドガー・アラン・ポー)が如何にも好みそうな奇抜なアイディアで読者を驚かすのだが、人間の心理をポオ流に追究した面白い作品だと思う。

「黒猫・モルグ街の殺人事件」 岩波文庫 ポオ著 中野好夫訳



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