シェイクスピア 「マクベス」 3 戸をたたく音

マクベスによる王ダンカン暗殺の場面、マクベスが殺害を果たした後に、戸をたたく音が響き渡る。

あの戸をたたく音は、どこだ? どうしたというのだ、音のするたびに、びくびくしている? 何ということだ、この手は?ああ! 今にも自分の目玉をくりぬきそうな! 大海の水を傾けても、この血をきれいに洗い流せはしまい? ええ、だめだ、のたうつ波も、この手をひたせば、紅一色、緑の大海原もたちまち朱と染まろう。(p39)

時は深夜、城にいる者は全て寝静まり、起きているのはマクベス夫婦のみ。暗殺のもたらす心理的な暗さが、漆黒の闇を更に暗くする。暗殺の場面、その音は、地響きのよう、辺り一面にうなるように響き渡るのである。その音は王を迎えにマクベスの城に来た貴族達が城門をたたく音で、後の場面に続いていくのである。音の効果は絶大で、罪を犯した者を断罪するような響きを持っている。それは、運命がマクベスを呼んでいるかのようでもある。マクベスは音に怯え、自分の罪を悔いるのである。読む者は、マクベスの不正義が問われているのだと予感する。

アメリカTVドラマ「刑事コロンボ」の「ロンドンの傘」で、コロンボが対決する犯人はロンドンの劇場で活躍する俳優と女優の夫婦である。ドラマの中で犯人夫婦が劇中劇を演じるが、それがマクベスである。犯人が殺人を犯したことと、マクベスの王暗殺が重なり合っている。戸をたたく音は、低く暗く大きな音で響くのであった。音が鳴り響く中を舞台の袖に逃げるように退くマクベス夫婦、何か魔物にでも追われるような心理状態である。見ている者も何か怖ろしい物に追われるような恐怖を感じる。ドラマを見てからもう数十年経っているが、未だに忘れ得ぬ場面である。

この音を境にマクベスは奈落の底に落ちていく。地獄の門が開かれた音のようでもあった。

「マクベス」 新潮文庫 シェイクスピア著 福田恒存訳



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