Steinbeck, "East of Eden" (エデンの東) 19 キャシーの最期

キャシーは、売春宿のオーナーを巧妙な手段で殺害して、そのままオーナーの座を奪ってしまったのだった。それはカレブ達と再会するずっと以前の出来事であったし、そのやり口の巧妙さ故に、誰も前オーナーが殺害されたとは考えていなかった。

年齢と共に少しずつ増していく手の神経痛が心の平静さを失わせるようになっていく。あんなに強い気力を持って平然と悪事を為してきたキャシーであるが、オーナー殺害の発覚の不安に恐れを抱くようになる。身近にいた人々の中に怪しむ者が出てきたのである。といっても決定的な証拠があるはずもなく、平然としておれば善かったのであるが、気力が衰えてきた彼女には、不安が応えるようになっていた。

ついには、彼女は自らの手で命を絶つのである。静かにベッドに横たわると、肌身に付けていたペンダントに隠し持っていた薬を飲んだ。

彼女は小さい頃から悪を為していた。それ故に、敵の目や、あるいは警戒する目に囲まれて生きていた。周りを敵に囲まれているような気がして不安な時、彼女は "Drink me" (私を飲んで)と書かれた小さな小瓶を握りしめるのであった。キャシーのお気に入りの物語「アリスの不思議な国」で、アリスが出会う魔法の薬、それを飲むと目に見えない位に背が縮んでしまうもの、を模したものでお守りのように身につけていた。

成人した後では、それは本当の薬、しかし小さくなるのではなく自身をこの世から消すもの、になっていた。

悪も、有限である人間の上にある以上、限りがあるということであろうか。悪の限りを尽くしたような彼女の生涯ではあったが、その終わり方を見ると人間的な弱さを感じさせる。気力の衰えからくる精神的な不安から少しずつ衰弱していき、最後は静かに自らの命を絶つ。

"Eat me," she said and put the capsule in her mouth.
She picked up the tea cup. "Drink me," she said and swallowed the bitter cold tea.
She forced her mind to stay on Alice - so tiny and waiting. Other faces peered in from the sides of her eyes--- her father and mother, and Charles, and Adam, and Samuel Hamilton, and then Aron, and she could see Cal smiling at her.(p.550)

一人の人間と共に一つの悪も消え去った。

"East of Eden", Penguin Books, John Steinbeck
 

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