梶井基次郎 「桜の樹の下には」

桜の花があまりに見事に咲いているのが、その美しさが本当のこととは信じられない梶井基次郎は、不安に陥る。健康を損なっている梶井には生命の輝きがまぶしいのだろうか。しかし、数日悩んだのち梶井には不安の理由がわかった。生命の美しさの裏には陰があった。

桜の樹の下には屍体が埋まっている。

生命は、美しいその姿の裏に、どろどろとした実体を隠していると梶井は言う、腐乱した屍体から出る液を蛸の足のような桜の根は吸い上げていると。他者の養分を吸って、桜はその美しさを輝かせている。しかし、その醜い生命の営みに気がついて、寧ろ梶井は安堵感を覚えるのである。美しい姿だけを称えるのは表面的すぎ、美しさと醜さを併せ持つことが生命の本来の姿だと言っているのだろうか。


それにしても、ぎくりとさせられる言葉である。何か鋭利な刃物で、心の内に密(ひそ)かに隠しておいたものを抉(えぐ)り出され、秘密を暴かれたかのようだ。梶井基次郎の才能が光るとともに、若くして健康を損ね夭折した彼の斜に構えた人生への姿勢も感じられる。


「檸檬」 新潮文庫 梶井基次郎著



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