ポール・ケネディ 「大国の興亡」 4 オランダ 経済繁栄と地理的要因による衰退

オランダのような限られた国家資源にも関わらず貿易や工業によって経済的に繁栄した国の興亡を見るのは、我々日本にとっても参考になる点が多いと思う。

オランダは、人口も国土も限られた国であったが、西暦1500年からの1世紀間にヨーロッパ内でもヨーロッパの外にもにらみがきく大国へとのし上がってきた。オレンジ公ウイリアムに率いられ、1579年ユトレヒト同盟を結成し、1581年ネーデルランド連邦共和国の独立を宣言している。1648年のウエストファリア条約で、実質的には独立していた状態を、国際的に正式に認められるに至った。


オランダは、ヨーロッパの他の国々と違い、共和制による寡頭政治を行っていた。オランダ軍は訓練が行き届いており、さらにナッサウのマウリッツという名将に指揮されて軍事的に強力な存在になってき。


オランダの最大の特徴は、国の基盤を貿易と工業と金融においていたことである。世界経済の発展とともに、オランダの経済基盤も発展していくのである。オランダは、ハプスブルグ家の支配を脱すると人口が増えた上に、難民として集まってきた資本家、職人、教師、熟練労働者によってアムステルダムは国際貿易の中心地となった。それまで国際貿易における中心は地中海で、トルコからベネチアを経由してオランダの工業地帯へと交易品は流れていたが、次第に貿易の中心が大西洋へと移ってきていた。つまり太平洋から直接的にオランダへと交易品が流れるようになった。さらに、アフリカやアメリカ、アジアへと次第に広がっていく海外貿易の恩恵も受けることになった。こうした背景もあり、アムステルダムの国際金融における役割も大きくなっていった。


次の時代、1660年から1815年までの時代、それまでの大国であったオランダは、オスマントルコ帝国、スペイン、スウェーデンなどの国と同様に一流の座から転落していく。代わってルイ14世に率いられたフランスが最強国へとのし上がっていくのである。

この時期、アムステルダムは世界最大の金融の中心地であったが、オランダが大国の座から滑り落ちることを防ぐことは出来なかった。財政的な面だけでは大国の座は支えられなかったのである。オランダの凋落の原因を調べるには、国際関係における地理的な条件を見ていく必要がある。

地理的な要因とは、気候、天然資源、農業の豊かさ、交易ルートに恵まれているかなどではなく、多面的な戦争(ヨーロッパでは大きな戦争に臨むにあたり同盟を組んでいた)に際しての戦略的な位置のことである。

ある国が一つの戦線に全力を投入することが可能か、それともいくつかの戦線に戦力を分散することを余儀なくされるか、陸軍国家か海軍国家か、その両方を兼ねているか、そしてその軍事的な性格はどんな利点と弱点をともなっているか、そうしたければ簡単に中央ヨーロッパの大戦から手を引くことができるか、海外の予備の資源を確保できるかどうかといったことである。(p.142)

地理的要因が如何に政治に影響を与えるのか、それをこの時代のオランダに見ることができる。

当時、イギリスではクロムウェルが、フランスではコルベールが重商主義政策を取って、オランダの商業や運輸業に打撃を与えていた。オランダとイギリスが戦闘を始めると、オランダの商船はイギリス海峡ルートを諦め、スコットランド沖の荒海へと迂回する必要があり、さらに商業は打撃を受けることになった。

イギリス・オランダ間の海域では強い西風が吹き、一たび二国間で海戦が始まると、西に位置するイギリス海軍には追い風として有利に働いた。東では、バルト海地域の貿易がスウェーデンを初めとする競争相手に荒らされてしまっていた。貿易国家オランダは、遠くまで貿易ルートを延ばしていたが、遠くの海域までオランダ海軍を派遣して定常的な安全を確保することは国力的にできなかった。

陸では、拡大政策を採るルイ14世のフランスが脅威であった。このため、フランス国境を守る要塞に多くの資源を注ぎ込む必要があった。こうして、オランダは、軍事支出へと多くの費用を回す必要が出て、戦争による債務や利子負担が急激に増加した。税金が引き上げられ、賃金が高騰し、オランダ経済の長期的な競争力が弱まっていったのである。

フランスとの戦争に集中するため、軍事支出が陸軍に偏ってしまい、海軍はおろそかになっていった。結果として、イギリスの商人が世界貿易において栄え、オランダの商人は衰退して行った。


さらに、この時期、人口の減少も見られた。これもオランダの競争力が弱まった一因であった。

国土の南側には強力軍隊を持つ大国フランスと対峙し、世界貿易への出口となる西側には強力な海軍国家イギリスと対峙し、オランダ国土の安全保障や国家の存立基盤である世界貿易競争の問題で、これら二大国の大きな影響を受け国力は衰えていった。



「大国の興亡」 草思社 ボール・ケネディ著 鈴木主税訳




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