大野晋 「日本語練習帳」 2 写生文職人の限界

国の力が衰えたり混乱したりした時期や、海外との交流が盛んになるような時期に、国語を海外の言語に変えるべきだという意見が出たのだという。世の中を動かす知識や技術、高度に洗練された文化など、それらの発信源が海外の言語にあるとしたら、その言語を使ったほうが知識や技術、文化を取り入れるのに効率が良いだろうと想像して、世の権力者たちがその海外の言語を日本の国語にしようとするのは、全くわからない話ではない。

しかし、本当にそうだろうかと、一つの例を取りながら、著者は問いかけるのである。戦後の混乱期に志賀直哉が、フランス語を日本の国語にしてはどうかと提案したのだという。志賀直哉は、大正期の優れた小説家として、著者自身も尊敬した存在であった。その日本語を巧みに使って優れた文章を書いているはずの志賀直哉が、日本語はいかにも不完全で不便であるとして、国語をフランス語に変えてはどうかという意見を雑誌「改造」誌上において提案したのだという。

日本語は、文章を書くのに不完全で不便であり、これが起因して文化の発展が阻害されている、したがってこのままでは本当の文化国になることはできないというのが志賀直哉の主張であった。逆にフランスは文化の進んだ国であるからという理由であった。しかし、志賀直哉自身はフランスにもフランス語にもそれほど知識を持っている様子でもない。何か世間で流布している文化論を受け売りしているような印象を受けるのである。

国語はそのように簡単にスイッチで切り替えるように変更できるものではない。生きた文化、歴史そのものであるから、国語を英語やフランス語に変えたからといって海外の文化を取り入れられるものでも、日本の文化が急に進むものでもない。

志賀直哉の意見では、言葉と文化は切り離されていて、言葉は単なる道具にしか見られていない。それは、志賀直哉という小説家の言葉に対する態度を表しているのかもしれない。

「文化が進む」という場合の「文化」とは、内実何なのか。おそらく彼は『源氏物語』など読んだことがないのでしょう。志賀直哉には「世界」もなく、「社会」もなく、「文明」もありはしなかった。それを「小説の神様」としたのは大正期・昭和初期の日本人の世界把握の底の浅さのあらわれであるでしょう。

このことは作家個人に何か問題があるというより、志賀直哉を認めていたその時期の日本人の世界観がどうであったのかと問われているのである。文化を作るのは作家だけでなく、社会全体が作るのだということを改めて認識させてくれる。「源氏物語」を読んだこともないような人が日本語や日本文化のことを問うことなどできないのだろうし、背後にしっかりと文化を支えうる社会を持たない文化は、衰えてしまうのだろうと思う。

では、志賀直哉は本質的に何だったのか。「写生文の職人」だったのではないか。名工でも職人は世界のことなど考えに入れない。たしかに彼は明晰に文章を書いた。しかし、文章が明晰に書けることと、何を書き、何を扱うかとは、別のことでありうるのですね。だから文章の書き方だけを考えていても、そこにはおのずから限界があることも心得ておく必要があるということになります。

さらに進んで、文章の書き方だけを気にする姿勢にも問いが向けられる。文章によって何を扱うか、文化をどう考えているのか、自分が生きている社会や時代をどう把握しているのか、これら全体が統合されて初めて文化とは何かと言えるのだと思う。



「日本語練習帳」 岩波新書 大野晋著



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