シェイクスピア 「マクベス」 2 嘘を言わない嘘の言葉

マクベスの心を惑わし破滅へと誘ったのは、魔女の言葉であったが、魔女は嘘の言葉は使っていない。しかし、逆に、嘘の言葉が無いにも関わらず破滅へと追い込まれるところに奥の深さがあるように感じる。

魔女の口から発せられ表面に現れている言葉は本当のことを語っていたが、言外の隠れている部分には人を惑わす何かが潜んでいた。また、惑わされて自ら道を外れたのは人の心であった。表に出ている部分から隠れている部分を想像し解釈するとき、我々人間は大概自分に都合の良い解釈しかできない。自らに都合の悪いことは見えてこない。魔女が導いたように見えて、実は自らの心の奥底にあるものが、自らを破滅へと誘ったのではないか。マクベスには、もともと隠れていた王になるという野心があったのだろう。それが、魔女によって言い当てられ、眼を覚ましてしまった。自らの心が破滅へと歩いたのだった。

魔女は王になることを予言したが、それ以上は何も言わなかった。マクベスは、王になったが安らぎは無く、人心は集められず、王位は長続きもしない。王になるだけでは、それは意味のないこと。真の王位は、正義を為してこそ。国を平和に治めて、人心をつかんでこそ。

魔女の予言は、他にもあった。

マクベスを倒す者はいないのだ、女の生み落とした者のなかには。(p79)

マクベスは滅びはしない、あのバーナムの大森林がダンシネインの丘に攻め上って来ぬかぎりは(p80)

これらも嘘の言葉ではなかったが、この言葉の外に真実が隠されていた。バーナムの森の枝を体に付けてカムフラージュした敵の軍隊が攻め上り、帝王切開で生まれた男、スコットランドの貴族マクダフ、によってマクベスは倒される。

「マクベス」 新潮文庫 シェイクスピア著 福田恒存訳



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