シェイクスピア 「マクベス」 1 安らぎの喪失

スコットランドの武将マクベスは、デンマークとの凄まじい闘いに勝利した後、帰途に通りかかった荒野で3人の魔女と出会う。魔女達はマクベスのことを「グラミスの領主」、「コーダの領主」、「王」と呼びかけた。それらの呼び名は、現在の地位(「グラミスの領主」)に加えて、近い将来(「コーダの領主」)と少し先の将来(「王」)が暗示されていた。
実際、その後すぐに、武勲の報奨としてコーダの領主をマクベスへと授ける知らせが、王の使者として遣わされた貴族達によってもたらされた。マクベスは驚きを持って魔女の第1の予言を心に留め、魔女の呼びかけが自分の将来を予言したものなのかを恐れおののきつつも確かめるのであった。

マクベスは自分の城に戻ると魔女の出来事を妻に話すのだが、二人は王になるという予言を信じようとし、王を暗殺する腹づもりを固める。その夜は、スコットランド王ダンカンが、マクベスの城で祝宴を持つために訪れていた。マクベスと妻は王を剣で殺害し、護衛の者に罪を背負わせる。こうして、暗殺が成功し、マクベスはスコットランド王位に就いていくのである。

暗殺の場面は描かれていない。マクベスの言葉によって王殺害の状況が語られる。殺害のすぐ後から、もう後悔の念が心に湧き上がってきている。

どこかで声がしたようであった、「もう眠りはないぞ!マクベスが眠りを殺してしまった」と、ーーーあの穢れない眠り、もつれた煩いの細糸をしっかり縒りなおしてくれる眠り、その日その日の生の寂滅、辛い仕事の後の浴み、傷ついた心の霊薬、自然が供する第二の生命、どんなこの世の酒盛りも、かほどの滋養を供しはしまいにーーー(p38)

天の声であろうか、王を殺害したマクベスは、自らの安息の眠り、それは第二の生命、を殺してしまっていた。この後一瞬たりとも安息はマクベスの許を訪れない。マクベスは自らが招いた運命に従い苦難の中をもがき続けて生きるのである。死に至るまで緊迫感に満ちた描写が続く。

マクベスは自らが罪を犯したことをはっきりと自覚していた。それまでの彼は勇猛で恐れる相手などいない無敵の存在であった。それが、正統で神聖な王位継承者であるダンカンを殺めた瞬間から、恐れおののく者と成り下がった。自分の生命の危険など省みもせず荒れ狂う戦場で武勇を轟かせた者が、自らが手中にした王位を守らんとして、近づいてくる他者を恐れ、息を潜め身を縮めて生きるのである。自分の前に立ちふさがる者があれば躊躇せず抹殺していく。生命の危険など気にもしていなかった勇者が何故そのようなことをするのだろうか。

マクベスの姿を見ていると、キリスト教の罪の贖いを思い出す。マクベスは、罪が贖なわれないために、安息を得られない、辛い生を全うせねばならない。安息が訪れない彼には、心が安まる暇もなく、ただ自らの生命の影を恐れて生きるのみである。第二の生、安息がいかに重要であることか。改めて見つめ直し、考えを新たにする。


「マクベス」 新潮文庫 シェイクスピア著 福田恒存訳



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