トーマス・ペイン 「コモン・センス」 アメリカ独立への声

アメリカ独立革命、あるいは、アメリカ独立戦争と言ったほうが通りがよいのかもしれないが、の当時にペンシルベニアで出版されたパンフレットの一つが「コモン・センス」であった。

当時、イギリスの北アメリカ大陸植民地として成長していたアメリカ東部は、現地の権利も事情も理解しないイギリス本国による支配に対して異を唱えていた。政治的な状況としては、大陸で双方の軍隊が衝突して、後に引けない緊迫したものであった。

そのような緊迫した状況下でも一般民衆の大勢は、双方の衝突が落ち着いたら和平を結び、再度イギリスの治世下に戻ることを考えていたという。トマス・ペインは、時勢を正しく把握し、アメリカ植民地は独立すべきであると主張した。それが「コモン・センス」として著され、アメリカ独立に大きな影響を与えたという。


ペインは、聖書や歴史を紐解き、古代の王政や王の世襲がいかに間違っているかを指摘し、共和政あるいは議会政への移行した意味を強調する。聖書に書かれたユダヤの王政に始まり、イギリスにおけるウィリアム征服王の武力による理のない征服やばら戦争における血を血で洗う争いまで、王政や世襲制を否定し、また王による権力の乱用に国民は反対する権利を持つという主張をしている。

また、当時イギリスでは議会(下院)に国民が代表者を送り、王や貴族らの勢力に対抗し、権力の抑止を行う立憲政治を行っていた。しかし、それも王が下院を制御して王の思うがままに政治が行われているので、立憲政治とは名ばかりであると主張している。

現状のままでは、アメリカ植民地はイギリスのための存在でしかなく、イギリスのために食料を供給し、貿易し、イギリスを富ませるだけである。アメリカの民衆は自分たちの平和と繁栄のために自分たちで政治を行うべきであると主張する。

更に、アメリカは、すでに農業生産や産業の基礎ができており、イギリス軍と互角に戦う軍事力もあり、自分たちだけで独立するだけの力を有しており、自らで政府を樹立するできるというのである。


理論的な文書ではなく、どちらかというと新聞の社説的な類の文書である。それは、一般民衆が自ら読むに適したものだったのだろう。様々な人々が手に取ったという。ペインのパンフレットによって、独立という未知の領域で歩もうとして躊躇していたアメリカの人々は勇気づけられた。自分たちの進みつつある道が間違っていないという確信が持てたのだろう。当時250万人の人口であったアメリカで、50万部が出版されたということで、ほとんど全て成人アメリカ人が読んだといってもよいだろう。


コモン・センス(Common Sense)という言葉であるが、少しわかりにくい言葉だと思う。常識と訳す時もあるかもしれないが、常識というと皆が共通に持っている知識(共通知:Common Knowledge)になってしまい、意味が異なってくる。コモン・センスは、ある集団が共通で持っている判断基準のようなもので、何か事があったときにどう判断しどう行動するかというときに、誰に相談しなくても皆が同じように判断し行動する基準である。

トーマス・ペインがこのパンフレットを著した時に、アメリカ独立はコモン・センスにはなっていなかった。しかし、このパンフレットが広く読まれた後に、アメリカ独立はコモン・センスになっていたのだと思う。そういう意味では、一つのコモン・センスを創造した偉大な文書であったということになる。共通知を作り出すことは、コモン・センスを作り出すのと比べるととてつもなく困難である。当時のアメリカに作られつつあったコモン・センスの下敷きがあって、それを目に見える形にしたというのが本当のところであろうか。それにしても偉大な影響力を与えた文書であると思う。


「コモン・センス」 岩波文庫 トーマス・ペイン著 小松春雄訳



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