カール・ポランニー 「経済と文明」 ダホメ王国と子安貝貨幣

西アフリカのギニア湾にベナンという国があるが、ここにかつてダホメ王国が存在していた。経済人類学者カール・ポランニーは、18世紀ダホメ王国の経済を分析し、非市場経済の制度を明らかにしている。

西アフリカのギニア湾地方は、熱帯気候に属し、大量の降雨によって密林に覆われているのだが、ベナン地方のごく狭い一部だけは、降雨が穏やかになり密林から逃れて耕作に適した地帯となっている。ここにダホメ王国は位置していた。18世紀に成立したあと19世紀末の帝国主義の時代に植民地化されるまで王国は存続していた。

西アフリカでは一般的であるが、ギニア湾一帯には細かく分かれた種族グループが入り混じって居住しており、種族グループ間の争いは絶えなかった。ダホメ王国は、防衛のために西ヨーロッパからの武器を必要としたが、武器の支払いに充てるために、近隣種族へ戦争をしかけて捕虜を捕らえて奴隷としてヨーロッパ人へ売っていた。争いに勝つために武器を必要とし、武器の代金を支払うために奴隷となる捕虜を捕まえ、捕虜を捕まえるために争いを起こすという循環が繰り返されていたことになる。

ベナン地方だけは密林が開けて海岸へ通じるため、海外との交易に向いた場所であった。西アフリカの人々は海をタブーとしていたため、内陸部に国は位置しているが、ヨーロッパ人との交易所を確保するためにダホメ王国は海岸地帯を占領していた。


ダホメ王国の経済は、再配分と互酬性、家族経済から成り立っていた。

近接するニジェール地方では頻繁に飢饉が生じているのだが、ダホメ王国では飢饉が起きた記録がない。それは農業政策が成功している証拠であるのだろう。王は全領地が耕作されるように監視し強制していたのである。豚が飼われていたが、豚の数は厳しく管理され、毎年の飼育数に応じて輸出数が管理されていた。同様に余剰穀物も近隣への輸出に向けられたが、国内での不足が生じると、輸出は抑制された。このように行政的な管理が行われていたのである。

耕作地から収穫された穀物は貢租として王へ集められた後、臣民へは子安貝の形で再配分された。子安貝は食料を買うのに使われていて、臣民は食料にかかる費用を国から支給されていたのである。ダホメ王国内には貨幣経済でいう意味の市場はなく、食料を子安貝で交換する場所があるというだけだった。食料には子安貝の数という価格はついているのだが、市場経済で決定される価格と異なり、永続的に変わらぬ値であったので、正確には価格と呼ぶべきものではなかった。


互酬とは、日々の生活の中で親族や隣人など共同体に住む者が互いを助け合うことである。耕作地を代わりに耕作したり、家を建てる手伝いをしたり、儀式用の食物を提供するなど、様々なことが決められていて、善意ではなく義務となっていた。


ダホメ王国では、父系の共通血縁者が集団で暮らしており、拡大家族というべきものであった。この家族の集団化では、3,4世代が一緒に暮らしていた。祖先が葬られた屋敷を聖所として世話していった。家族経済としては、こうした宗教的な活動に、様々な収穫物が消費されて行ったのである。


完全に貨幣化された経済を持つヨーロッパ諸国と、真の意味では貨幣化されていない経済のダホメ王国が交易をどうやって行ったのか。確かに難しい問題であった。西アフリカの交易は高い身分の者が行うもので、交易という業務から利潤を得ず、遠方にある珍しいものを手に入れるための手段であった。一方ヨーロッパ人にとっては、大量生産された商品を交換することで莫大な利潤を得ることが目的であった。こうした相異なる文化が出会ったため、ヨーロッパ人には混乱が生じ、奴隷貿易が機能するまでには時間がかかったのである。例えば、ギニア湾の別の地方で物品を取引するのに、棒鉄が貨幣として使われたりした。

結局ダホメ王国とヨーロッパ人は、子安貝を使って奴隷貿易を行った。子安貝は真の意味で貨幣でなかったから、貿易における交換に使われただけで、貿易による子安貝の流入にも関わらず、ダホメ経済がインフレを起こしたり、経済が破たんしたりはしなかったようである。子安貝の価値は、ダホメ王国が存続していた間、ずっと一定に保たれていたようなのである。これは経済学の基本からいうと驚愕すべき事実である。ポランニーは、この研究の中で、ヨーロッパで発展した市場経済は人類社会の長い歴史の中では特別な位置を占めていて、実はダホメ王国のような経済の方が普遍性があるのではないかと問題提起しているのである。


(奴隷貿易という問題のあるテーマだが、ここでは人権的な問題は措き、ポランニーが検討した経済的、文化人類学的な意味を扱っている。)


「経済と文明」 ちくま学芸文庫 カール・ポランニー著 栗本慎一郎、端信行訳



コメント

このブログの人気の投稿

フレイザー 「金枝篇」 ネミの祭司と神殺し

ヴォルテール 「カンディード」 自分の庭を耕すこと

安部公房 「デンドロカカリヤ」 意味の喪失