井波律子 「論語入門」 孔子との対話

論語は、主に孔子とその弟子達(顔回、子貢、子路、曾子など)との対話を記録したものである。孔子自身の著作ではないが、孔子の思想や哲学が現れている。初学の者にも取り付きやすいが、その教えの奥は味わい深い。思想は言葉で定義をしてしまうと、思想が言葉に固定してしまい、形骸化し勝ちであるが、対話の中で語られる思想は形が完成していないからこそ、いつまでも生きた力を有していると思う。読む者の器に応じて書物が答えてくれる、そのような作品が論語ではなかろうか。

本書は、著者による以下の視点、つまり「孔子の人となり」、「考えかたの原点」、「弟子たちとの交わり」、「孔子の素顔」によって、論語からの条を収録した構成となっており、孔子の偉大な人物像が浮き彫りにされている。

孔子が生きた春秋時代後半は中国各地に群雄が割拠する戦乱の世であったが、孔子は仁愛と礼法を中心とした節度ある社会の到来を目指していた。孔子は弟子を引き従えて諸国を巡る遊説の旅に出たが、孔子の唱える理想主義を受け入れる君主はいなかった。そのような中でも、「理想社会の到来を期して弟子たちを励まし、不屈の精神力を以て長い旅を継続した。恐るべき強靭さというほかない。

孔子の魅力は、「身も心も健やかにして明朗闊達、躍動的な精神の持ち主であった」ことや、「いかなる不遇のどん底にあってもユーモア感覚たっぷり、学問や音楽を心から愛し、日常生活においても美意識を発揮するなど、生きることを楽しむ人だった」ことである。論語をじっくりと味わうとき孔子の魅力を感じることであろう。

また、論語には、孔子と弟子達との対話が鮮やかに描き出されている。弟子達は、師である孔子を敬愛しつつも、率直な質問を投げかけ、孔子はそれを真正面から受け止めている。師弟の真理を追究する真摯な姿勢には、心打たれるものがある。

孔子が率いた儒家集団は、孔子の死後に弟子の曾子を中心にまとまり、孔子の孫の孔汲(あざな子思)が受け継ぎ、孟子は子思の弟子に学んだ。後世の学者は、孔子、曾子、子思、孟子の流れを正統として重視したのだという。

その曾子が論語に残している言葉がある。

士以不可不弘毅。 任重而道遠。 仁以為己任。 不亦重乎。 死而後已。 不亦遠乎。 

君子たるものは大らかで強い意志をもたねばならない。その任は重く、道のりは遠い。仁愛の実践を自らの任とするのだから、なんと重いではないか。生涯をかけて完了させるのだから、なんとはるばる遠いではないか。

高邁な志の力強い言葉ではないか。真正面を向いて人生の道を堂々と歩く者を励ましてくれている。


「論語入門」 岩波新書 井波律子著 





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