木下順二 「古典を読む『平家物語』」 殿上闇討 忠盛

平家物語に登場する俊覚、清盛、義仲、義経などの主要な人物が物語の中で如何に語られているかを詳細に見ていくことで、平家物語の全体像へと迫ろうという、非常に面白い試みである。

平家物語の時代を生きた人物たちは、自身の個人的な運命を超えて、大きな時代のうねりの中で歴史的な役割を担っていたし、歴史的な役割を担っているという自覚さえも持っていたという。この本の冒頭で語られる「殿上闇討」に出てくる忠盛という人物は、その最たるものではないであろうか。

平氏は、代々地方官であったが、次第に勢力を増し、財政的にも力を蓄えきていた。とはいえ、宮中は貴族だけが殿上を許された古い勢力が力を持つ世界であった。しかし、平氏は、中央の政治にも影響を及ぼすようになり、忠盛(平清盛の父である)は、初めて平氏として昇殿を許された者であった。

古くから宮中にいる者たちにとって、無作法で官位も低い者が財力に物を言わせて急にのし上がってきたのである、面白かろうはずがない。そこで、殿上にいる或る者たちが殿上の廊下で闇討ちを謀るのである。闇討ちといっても袋叩きのようなものらしい。しかし、勢力のある忠盛は、その情報力から事前に察知し、準備をする。殿上の廊下で待ち受ける者たちを威嚇するかのごとく、刀のようなものをちらつかせ、堂々と力で迎え撃つ姿勢を暗に示すのである。謀略を巡らせた者たちは、怖気づき、何事も起こらずに終わった。

事件としては、それだけである。しかし、この短い文章の件に、時代背景が雄弁に語られている。宮中という古い勢力が官位やしきたりに守られてきた世界といえども、外の世界と同様に、実力がものを言う世界へと時代は移ろうとしていた。そして、その実力を平氏は有していたし、その力を振るうべく、時代の役割を担っているという自覚も持っていた。

このような短い文章にも、平家物語の迫力がこめられていることが、語られている。


「古典を読む『平家物語』」 岩波現代文庫 木下順二著


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