Paul Krugman, "The Conscience of A Liberal" リベラリズムとは

New York Timesコラムニストで、ノーベル経済学賞受賞の経済学者ポール・クルーグマンの著書。アメリカのリベラリズムが目指しているものは何かを明晰な論理とわかりやすい文章で説明している。アメリカの二大政党である保守党と民主党の政策の違い、それによる実際の政治の結果の現れ、社会全体としてどういう道を歩むべきかの問い、などが明快に主張されている。

本著作を読む上で、そもそもリベラリズムとは何か、そしてそれと対を成す保守主義とは何か、ということが鍵となる。リベラリズムとは、基本的な考え方は政治的な自由主義であるが、民主党が目指しているリベラリズムは、完全な政治的な自由主義とは違い、大恐慌時代にルーズベルト大統領がNew Deal政策によってもたらしたような、社会の不平等(格差)を解消する政治を目指している。それは、自由主義というよりは、社会の不平等を政治の介入によってある程度解消することで、大多数の人が社会発展の利益を享受できるようにしようとするものである。また、そういう不平等が解消されることで社会も安定したものとなり、社会全体も利益を享受できるとするものでもある。

不平等を解消するといっても、働かない者を優遇するという意味ではない。努力したが不幸にして失敗した者、不幸にして健康に恵まれない体を受け継いだ者に手を差し伸べ、人間的な最低限の生活を保障できるようにするものである。また、不幸にしてそういう親を持った子供にも、勉学の機会を与え、能力があり意欲があるものであれば自らの努力で成功する道を切り開けるようにするものである。

このリベラリズムの考え方と対立する現在の保守党の保守主義は、逆に政治の介入を極力減らし、社会の動きを自由に任せようとするものである。資本主義を目指す態度として、一見論理的に正しい考え方のように映るが、自由放任の結果生じるのは、強者はますます強くなり利益を享受するが弱者はますます弱くなり失うばかりの社会である。それは、今のアメリカがブッシュ保守党政権の下でそういう状況に陥りつつあることが示している。アメリカは現在も経済的な成長を続けているが、アメリカの富は、ごく一部の経済エリートがアメリカ全体の富を全て奪い去っていて、アメリカが成長しているにもかかわらず、残りの市民は次第に苦しい経済状況に追い込まれている。アメリカの強みであった経済的な中間層(Middle Class)の存在さえも危うい状況になっている。そういう保守の考える自由主義であれば、アメリカという国自体をも弱体化させかねない。

では、そういう一部の富める者にしか恩恵が与えられないような政策は国民から支持されないはずであるにも関わらず、何故ブッシュ政権はそれを実現できたのか、それがもう一つの本書の主題である。それは、保守党が選挙に勝つ仕組みを構築して、大統領選挙と下院選挙で圧倒的な勝利を得られたからである。

選挙に勝てる仕組みとは何か、それは、南部白人層に残る黒人へ対する人種差別感情をうまく操ることで、保守党への投票を促すの施策である。人種差別に関することだけに、表立っては行われないのだが、ほのめかしによって、わかる人にはわかるような言葉でメッセージが発信され、南部白人層にはそれが届くのである。南部白人層は、自身にとって不利益な政策でも、黒人へ有利になるような政策が実施されるよりはましであると考えて、自分に不利益な政策を掲げる保守党や保守党候補者に投票するのである。これは、実に巧妙にわかる人だけに届くようなやり方で行われていた。

結果として、一部の富裕層だけが利益を享受しており、中間層は次第に経済的な窮地に追いやられている。富裕層の利益とは何か、それは累進課税の緩和である。富裕層だけにかかるような税金がいくつもあるのだが、これらの緩和が行われ、結果として富める者はもっと富むようになる。税金を再分配することで弱者を救っていたのが、税の緩和で財源が無くなり弱者の救済が進まなくなっている。

しかし、そういう人種差別を巧妙に使った選挙による保守党の勝利も、今後は続かないだろう。それは、人種構成が変わってきて、白人や黒人の占める割合は次第に小さくなり逆にヒスパニックやアジア系の占める割合が大きくなっていて、結果として南部白人層を利用した選挙戦略が用を成さなくなってきているからである。また、人種差別という意識もアメリカで次第に薄まりつつあることも挙げられる。

アメリカにおけるリベラリズムと保守主義との対決、それと保守主義の裏の姿などが克明に描かれていて、非常に参考にある。それにも増して、健全な市民社会を築くために、政治経済的にどういう道を選ぶべきかとか、政治や税のあり方が社会に大きな影響を与えるものであるということなど、考えさせられることの多い良書である。また、社会が不平等かどうかを示すのに、経済的であるが非常にわかりやすい指標を持ち出して説明していて、この明快で論理的な論法にも考えさせられることが多かった。


"The Conscience of A Liberal", Paul Krugman, W.W.Norton,



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