Thomas L. Friedman, "The world is flat",  世界はフラット化している

New York Times紙の国際関係コラムニストであるトーマス・フリードマンの現代論とでもいうような著作。

20世紀後半に始まり21世紀に入っても止むことの無い、IT技術の進展や規制緩和拡大など地球規模で進む大きな変革の流れが、我々が住むこの世界全体にどのような変化を与え続け、そしてどのような世界全体をどこへと向かわせているのであろうか、その問いへの答えているのがこの著作である。

世界はフラット化していると著者は言う。20世紀までの世界は、いくつもの障壁によって各国ごとに分断されていた。障壁とは、各国政府により国内市場を守るために張り巡らされた様々な障壁や、人の移動を阻む労働市場などが挙げられる。その障壁が、IT技術の進展や規制緩和の深化によって、取り除かれたり無意味なものになったりしている。そうした障壁が取り除かれた状況をフラット化した世界と著者は呼んでいる。

フラット化した世界ではどのようなことが起きているのか。これまでは労働者と市場は近い場所になくてはならなかった、アメリカ国内でサービスを行うにはアメリカに住んでいる必要があったのである。しかし、それが崩れてきている。例えば、ある遠隔家庭教師サービスを見てみると、家庭教師役のインド人の先生がインドから電話やインターネットを使って、アメリカ国内の小中学生の生徒に授業を行うのである。何がそれを可能にしているだろうか、著者は次のような10の出来事や技術を挙げている。

1.1989年11月9日 
これはベルリンの壁が崩壊した日である。冷戦の終結、共産主義の没落を象徴した出来事であったが、ここからフラット化も始まったのだと著者は分析している。共産主義の意味、それは中央政府によって完全に計画され制御された市場の存在である。そして、計画経済は人間世界では機能しなかったことが認識され、世界は市場経済へと大きく舵を切っていく。その中心はインドであり、中国であり、ロシアであった。彼らが市場経済へと移行していなかったら、インドのソフトウェア業界は立ち上がらなかったし、中国が世界の工場にまで上りつめることも出来なかったであろう。

2.1995年8月9日 
初期のWeb Browserとして世界を席巻したNetscape社が株式公開した日である。Webの世界が本格的に始まり、世界がインターネットによって接続され、世界は確実に互いに近い存在となっていった。Web Browserなしで、インターネット上の天文学的な情報にアクセスすることは不可能であり、Web Browserはインターネットの技術基盤の最も大切な部分を担っているといえる。Windows95が世に出たのも同じ年である。

3.Work Flow Software 
これはSMTPとかTCP/IPとかいう名前で知られるインターネットプロトコルや、その他インターネットを使って遠隔地間の業務を円滑に進められるようなソフトウェアのことを指している。これらのソフトウェアのおかげで、距離を気にせずに、地球の裏側に住む者同士がチームを組んで業務をすることができるようになった。

4.Uploading 
インターネット上にあるサーバーと呼ばれるコンピュータの存在は、インターネットの世界において非常に重要な位置を占め、サーバーをどうやって構築していくかは、インターネットビジネスでの鍵となる技術である。Apacheと呼ばれるものに代表されるこれらの技術は、実はCommunityと呼ばれる技術者の集まりによって自発的に無報酬で運営されることがあるが、そういう形態であるにも関わらず、成功しているものが多い。また、こういう自発的、無報酬で作られた技術が標準的なものとなることによって、インターネット技術の基盤を作り、ビジネスの基盤ともなっているのである。

5.Outsourcing 
Y2K(2000年問題)と呼ばれた問題が20世紀最後に生じた。これは、初期の開発されたコンピュータはソフトウェアの構造が原因で2000年を超える年号を正しく認識できず誤動作する可能性があるという問題であった。1台のコンピュータについて、Y2Kを解決するのは割りと簡単にできることであるのだが、世界中に無数に稼動しているコンピュータに対して、Y2Kをアメリカ単独で解決するのは作業量も労働力量でも膨大であるという意味で極めて困難な問題であった。このとき、労働単価が安価で、かつ多数の技術者を抱えるインドソフトウェア業界に膨大な業務が外部発注され、インドソフトウェア業界はビジネス的に離陸することが出来た。それ以来Outsourcingを行うことがソフトウェア業界を初めとする様々なビジネス分野で主流になり、また、インドソフトウェア業界は、安価で優秀なエンジニアを供給することで、フラット化された世界で中心的な存在となっている。

6.Offshoring
先程のOutsoucingと似ているが、様々な業務が外部発注される際に、海外のインドや中国に向かって行った。特に中国は、世界の工場として、安価な労働力を求める様々なビジネス分野の要求に応え、世界の仕事を吸収している。

7.Supply-Chaining
アメリカの小売業Wal Martが一例として扱われている。全ての商品の流通と在庫は、コンピュータによって管理され、倉庫に入荷されてから店頭で販売されるまでが完全に把握されている。小売業者は、消費者の需要を把握した上で、必要な数を必要な時期に必要な場所に納入するように製造業者へと要求し、製造業者はそれに基づき製造を制御している。全ての商品が業者の壁を超えて、製造から販売まで全ての段階で制御されている。違う見方をすると、小売業へ納品する業者は、小売業のSupply-Chainingに完全に組み込まれない限りビジネスを続けることが不可能となっている。

8.Insoucing
ここではUPSという運輸業の会社が一例として紹介されている。UPSは運輸業で、物流を本業としているのであるが、内情を見ると実態はかなり変貌を遂げている。UPSがToshiba Lap Top PCの故障修理業務の委託を受けていることが事例紹介されている。消費者のPCが故障したときに、消費者のもとへ赴きPCを引き取り、さらに修理を行った上で、PCを届け、料金を回収するということまでUPSが請け負っているのである。Outsoucingでは、業務全体が外部へ出されるが、Insoucingでは業者が会社の中へ入り込み業務を受託するのである。つまりSupply-Chainingの一部を、業者の中に入り込んで担当するわけである。

9.In-forming
GoogleやYahooやMSNなどに代表される検索サービスのことである。検索サービスが登場したことで、世界中のインターネット上に無数に散在していた情報に、価値が与えられたといっても過言ではないだろう。検索ができなかった時期には、インターネットは自らが知っている狭い世界だけにアクセスできる狭い世界の道具に過ぎなかった。しかし、検索サービスの登場によって、想像も出来ないくらいの量の情報が世の中に存在することには意味があり、しかもその中から自らに有用な情報を確実に探し出すことが可能であることも明らかになった。一つの情報の持つ意味も情報全体の意味も格段に向上したのである。

10.The Steroids
ディジタル化、モバイル化、パーソナル化、ビジュアル化、これらの要因がもたらした意味も大きい。携帯電話を使えばいつでも何処でも世界中とコミュニケーションが出来るし、コンピュータを使ってネットワークへアクセスすることもできる。時間と場所との制限を取り払ってしまった。フラット化された世界で活躍する人は、いつも世界中の人々にこう問いかけている。Can we work together now?


"The world is flat", Thomas L. Friedman, Picador,



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