Steinbeck, "East of Eden" (エデンの東) 22 トムのこと

サミュエルの三男トムは、想像力が豊かな発明家であった。サミュエルに一番似た子供であった。ジョン・スタインベックに強い印象を与えたようで、トムのことが物語の中で度々描かれている。著者の筆は控えめで、雄弁には物語らないのであるが、トム自身の心情や、トムのことを好きであったらしい著者の心情が、語間に浮かんでくるのである。

サミュエルの末っ子のモリーは、舌がもつれて上手く話すことが出来なかった。想像力豊かなトムは、何故舌がもつれるのか原因を理解し、それを解決しようとした。モリーの舌を短くしようとしたのである。結果がどうなったのか物語には書かれていない。ただ、物語の後の方で、可哀想なモリー、大きくなれなかったモリー、とデシーが回想する場面がある。少年が、愛する妹の体を治してやろうとするのであるが、悲しい結末が待っていたのでは無かろうか。その悲しみに、何か心が締め付けられるような感じがする。

サミュエルの子供たちが成人し、それぞれが独立した後も、トムは独身のままでサミュエルとリザと一緒に暮らしていた。ジョン・スタインベックの母オリーブは、女性教師として働いた後、結婚してサリナスに家を構えていた。オリーブの家にトムが訪れる場面も描かれている。トムはいつも決まって夜遅くにオリーブの家に到着した。子供であったジョンと姉(あるいいは妹)メアリーは、朝早く起きて枕の下にガムが置いてあるのに気づくと、トム伯父さんの来訪を知るのである。メアリーは活発な少女であった。野球が得意で、女性でいるのが堪らなく嫌で、少年になりたかった。トムに少年になる方法を教えてくれと言うのである。もちろんそれは無理な話であった。それまでのジョンとメアリーにはトム伯父さんならば何でも叶えてくれるという信仰にも似た信頼があった。その信頼が少しほころんでしまい、トムとしても子供たちの期待に応えられなくて残念な気持ちになるのである。

サミュエルの娘デシーは、服飾の勉強をして、サンフランシスコに店を構えるほどになった。女性だけが集うファッションブティックと言ったところであった。1900年初頭のアメリカでも、女性が外で自分を日常の生活から解放して個人として振る舞うことが出来る機会はそれほど無かったのであろう。デシーの店では、女性だけが集い、女性が自分を日常から解放することができた。そういうことができる空間であったからたくさんの女性が訪れ、店も繁盛していた。しかし、デシーは突然店を閉めてしまった。多くは語らなかったが、何か恋愛関係の失敗があったらしい。デシーは、物語の中では、サリナスにあった家をアダム・トラスクに売るのである。

デシーは、サリナスを離れてトムと一緒に生まれ育った農場で暮らすことにした。既にサミュエルは亡くなりトムが一人で暮らしていた。トムがデシーを車に乗せて農場へ連れて行く場面は美しい。農場の畑の至る所にWelcomeと書かれた紙のカードが飾ってあり、デシーはそれに気づいて喜びの声を挙げるのである。トムの才能と優しさが現れている。トムとデシーは、ヨーロッパに旅行しようと話し合う。

デシーは、ある日、体の不調を訴える。トムは家伝の薬をデシーに飲ませたのだが、デシーの具合はひどくなってしまった。やっと異常に気づいたトムは医者に電話したのだが遅かった。正しくない薬の飲み方をしていたのだった。デシーは快復せず、その夜亡くなった。

トムは、その後、灰色の物を抱えて、生きていくことに堪えられず自ら銃で命を絶つのである。灰色の物とは殺人という罪であった。人はデシーの死を事故だと言うであろう、しかし、トムにとっては自分自身の罪でしかなかった。

可哀想なトム。

"East of Eden", Penguin Books, John Steinbeck
 

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