Steinbeck, "East of Eden" (エデンの東) 10 サミュエルとの別れ 道は開かれている

サミュエルは、娘の一人ウナUnaが亡くなってから、急に老け込んでいった。
Una's death cut the earth from under Samuel's feet and opened his defended keep and let in old age. On the oher hand Liza, who surely loved her family as deeply as did her husband, was not destroyed or warped. Her life continued evenly. She felt sorrow but she survived it. (p.290)
あんなに元気に生を享受していたサミュエルが老け込んだのを見て、子供たちは愕然とした。思案した子供たちは、サミュエルに農場から離れて子供たちの家を訪問するように招待し、遠まわしに引退への道を作った。サミュエルは、招待状をもらって、その企みに気づいたが、知らない振りをして引退を受けいれることにした。精力的に生きた人間であれば誰でもそうであろうが、彼にもつらい決断であった。 農場を離れる前に、親しかった友人たちに別れを告げるために訪ねて歩いた。誰にも最後の別れになるとは告げなかったが、サミュエルの心の中ではそれを告げていたのであった。 アダムのところには最後に訪れた。キャシーがいなくなってから何年も経っていたが、アダムは抜け殻の状態のままであった。サミュエルは、アダムにショックを与えて正気に返そうと考え、キャシーの居場所と その仕事(売春宿の経営)を伝えるが、アダムは激しく拒絶した。アダムが真実を悟り正気に戻るのは、キャシーと再会するときまで待たねばならない。 リーとの別れの場面で、カインとアベルの物語が再度持ち出される。リーは、中国人の哲人たちと共にヘブライ語にまで踏み込んでカインとアベルの物語に隠されている秘密を解こうとした。それには数年かかった という。 それは、旧約聖書の以下の箇所である。
「どうして怒るのか。どうして顔を伏せるのか。もしお前が正しいのなら、顔を上げられるはずではないか。正しくないなら、罪は戸口で待ち伏せており、お前を求める。お前はそれを支配せねばならない。」(日本聖書協会 新共同訳聖書)
最後の「お前はそれを支配せねばならない」の部分は英文では以下のようである。これは、King James versionでの英文訳である。
thou shalt over him. (p.266)
リーは、この部分に違和感を感じた。古語英語の'shalt'という単語、現代英語では'shall'であるが、この単語は未来を約束している。つまり、カインは罪を支配できるようになるであろうという約束を意味するからである。しかし神に約束されている代わりに、人間の努力や意思がそこに介在できる可能性がなくなる。

そこでAmerican Standard versionを調べたところそこには、
'Do thou rule over hime'
とあった。これはking James versionと異なり、命令形になっている。つまり、罪を支配せよ、と命令されているのである。これにも人間の意思が介在できない。 リーは、中国人の哲人達とヘブライ語にまで遡って問題の箇所を調べて、次の言葉に辿り着いた。
'timshel'
この単語を英語にするのに、中国人の哲人達をして何年もかかったのである。彼らによると、この意味を尊重しながら古語英語に訳す
'Thou mayest'
となる。'mayest'つまり'may'であり、可能性を示していると彼らは解釈したのであった。この部分の全文は、
'Thou mayest rule over sin.'
となり、罪を支配できる、という意味、つまり、罪を支配できるかもしれないし支配できないかもしれないという可能性を示していると解釈した。そこには、神によって可能性は示唆されているが、結果にういて人間の意思や努力が介在できる余地がある。つまり道は開かれているのである。 それは、別れ行くサミュエルへの餞の言葉となったが、それだけではなく、我々読者に対しても、神の存在と人間の自由意思との共存の可能性を示してくれる大切な言葉である。著者のもっとも大切にしているものが、人間の自由意思ということであろう。これには共感できる。 "East of Eden", Penguin Books, John Steinbeck
 

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