スペードの女王 4 運命の数字 「三」「七」「一」

リザヴェータの助けを借りて、ゲルマンは伯爵夫人の屋敷から無事に抜け出すことができた。ゲルマンが脱出する場面の描写に私は惹かれる。写真やテレビで知っているヨーロッパの館の造りを断片的につなぎ合わせて、古くて暗く大きな館の中にある秘密の抜け道をゲルマンがするりと抜けていく様子を想像するのである。

彼は廻り梯子を降りて、再び伯爵夫人の寝間に踏み入った。死んだ老媼は石像さながら椅子に掛けて、その面に底知れぬ安らぎを湛えている。ゲルマンは夫人の前に立ちどまり、実相の怖ろしさを見極めようと願うかのように、じっと眸を離さなかった。やがて彼は内房にはいり、壁紙のうえを手探りで隠し扉を探し出して、一寸先も見えぬ梯子段を下りはじめた。(第4章)

3日後、「信心もない癖に迷信の深い彼は、老媼の怨霊の祟りもあろうかと」故伯爵夫人の葬式に参列した。心が晴れないゲルマンは、小料理屋で珍しく酒をあおったが内心の疼きは静まらず、家に帰ると着替えもしないで寝てしまった。「夜中に眼を覚ますと、月光はひたひたと部屋を浸していた。時刻を見ると三時に十五分前。」そのとき誰かが扉から部屋に入ってきた。彼が見たその姿は伯爵夫人であった。
「お前の望みを叶えてやれとの仰せです。『三(トロイカ)』、『七(セミョルカ)』、『一(トゥズ)』ーーこの順で張れば勝ちです。」(第5章)

ついに運命の数字を聞いてしまったゲルマンの頭の中は「三」「七」「一」でいっぱいになって、もう伯爵夫人の死などは影もなくなった。

「スペードの女王・ベールキン物語」 岩波文庫 プーシキン著 神西清訳



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